「『あてなる』姫君の立ち居振る舞いは、見る者を魅了するように、この言葉は生まれ持った高貴さと洗練された美しさを表します」
📖 意味と用法
あてなり(貴なり) は、ナリ活用の形容動詞で、「高貴だ」「上品だ」という意味を表す重要な古文単語です。生まれや身分の高さだけでなく、そこからにじみ出る品格や優雅さも含む言葉です。
- 【高貴・身分】高貴だ、身分が高い、高位である: 生まれや家柄がよく、社会的な地位が高いことを示します。天皇や皇族、上流貴族などに対して用いられます。
- 【上品・優美】上品だ、優美だ、洗練されている、美しい: 言動や容姿、持ち物などが洗練されていて、品があり美しいさまを表します。身分の高さからくる内面的な気品や、優雅な雰囲気を伴います。
高貴、上品、優美、洗練がキーワードです。単に美しいだけでなく、家柄の良さや育ちの良さを背景とした、内面からあふれる品格が重視されます。
高貴だ・身分が高い の例
あてなる人の子は、おのづから徳そなはれり。(徒然草)
(高貴な人の子は、自然と人徳が備わっているものだ。)
上品だ・優美だ の例
言葉遣ひもいとあてやかにて、心にくし。(源氏物語)
(言葉遣いもたいそう上品で、奥ゆかしい。)
洗練されている の例
あてなる御調度ども取りそろへて。(枕草子)
(上品で洗練されたお道具類を取り揃えて。)
🕰️ 語源と歴史
「あてなり」の「あて」は、「貴(あて)」という漢字を当てることが多く、元々は「貴人(きにん・あてびと)」、つまり身分の高い人を指す名詞でした。この名詞「あて」に、状態を表す接尾語「やか」と形容動詞の語尾「なり」が付いて「あてやかなり」となり、さらに「やか」が省略されて「あてなり」という形が生まれました。
そのため、「あてなり」はまず「身分が高い」「高貴である」という意味を持ちます。そして、身分の高い人々が持つべきとされた洗練された物腰や、上品な美しさ、優雅な雰囲気といった性質も指すようになりました。
平安時代の貴族社会の美意識を色濃く反映した言葉であり、『源氏物語』や『枕草子』などでは、登場人物の容姿や振る舞い、持ち物などを賞賛する際に頻繁に用いられました。「いやし(卑し=身分が低い、下品だ)」の対義語として理解されます。
📝 活用形と関連語
「あてなり」の活用(形容動詞ナリ活用)
活用形 | 語形 | 接続例 |
---|---|---|
未然形 | あてなら | ず |
連用形 | あてなり / あてに | て、けり、他の用言 |
終止形 | あてなり | 言い切り |
連体形 | あてなる | 時、人、こと |
已然形 | あてなれ | ば、ども |
命令形 | (あてなれ) | (まれ) |
※連用形「あてに」は副詞としても用いられます。
関連語
- あて(貴) (名詞) – 高貴な人、身分の高い人。
あてなる人は稀なり。
- あてやかなり(貴やか) (形容動詞ナリ活用) – 「あてなり」とほぼ同義。高貴だ、上品だ。
あてやかに装ひたる女房ども。
🔄 類義語
高貴だ・身分が高い
上品だ・優美だ
↔️ 反対の概念
「あてなり」が「高貴だ」「上品だ」という意味を持つため、反対の概念としては「身分が低い」「下品だ」「粗野だ」といった状態が考えられます。
🗣️ 実践的な例文(古文)
あてなる人は、心もおのづからいやしからず。(徒然草)
【訳】高貴な人は、心も自然と卑しくはない。
その姿、いとあてにて、光も添へるばかりなり。(源氏物語)
【訳】そのお姿は、たいそう上品で美しく、光も添えられているほどである。
あてなる御方がたは、皆紅の衣を着給へり。(枕草子)
【訳】高貴な方々は、皆紅色の衣装をお召しになっている。
ただ文のみぞあてに書き給へる。(伊勢物語)
【訳】ただ手紙だけを上品にお書きになっている。
いと若くあてなる人の声にて、「開け給へ」と言ふ。(大和物語)
【訳】たいそう若く上品な人の声で、「お開けください」と言う。
📝 練習問題
傍線部の「あてなり」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. あてなる人のみ、かかる所には住まじ。
解説:
「かかる所には住まじ(このような所には住まないだろう)」という文脈から、住む場所を選ぶような身分の人を指していると考えられます。「身分が高い」が適切です。
2. 絵に描ける女の顔、いとあてなり。
解説:
絵に描かれた女性の顔を評価しているので、外見の美しさや品格を指す「上品で美しい」が適切です。
3. ただ人にはあらで、あてなる御筋とこそ見ゆれ。
解説:
「ただ人にはあらで(普通の人ではなくて)」という表現から、身分の高さを強調していると分かります。「高貴な」ご家柄と見える、という意味です。
4. 言葉もあてに、振る舞ひも優なり。
解説:
言葉遣いや振る舞いの洗練された様子を述べているので、「上品で」が適切です。「あてに」は連用形。
5. いとあてやかなる心地して、人々も見奉る。
解説:
「あてやかなり」は「あてなり」とほぼ同義で、ここでは「たいそう上品で優美な感じがして」という意味です。人々の視線が集まるような、洗練された美しさを表します。