「子供の笑顔のように、あるいは初々しい若葉のように、『いはけなし』は幼さと無垢さを感じさせます」
📖 意味と用法
いはけなし は、シク活用の形容詞で、主に人の幼さや未熟さを表す古文単語です。以下の二つの主な意味があります。
- 幼い、子供っぽい、未熟である: 年齢が若く、経験や知識が不足していることを表します。主に子供や若い人について使われます。
- 無邪気である、あどけない、純真である: 世間知らずで純粋な様子を表します。子供だけでなく、大人にも使われることがあり、純真さや無垢な様子を描写します。
幼さ、未熟さ、無邪気さ、純粋さがキーワードです。現代語の「幼い」「あどけない」に近い意味を持ちます。
幼い・子供っぽい
君は年いはけなけれども、心ばへのあてなるに、(源氏物語)
(あなたは年が幼いけれども、心がけが立派なので、)
無邪気である・あどけない
いはけなき女の御声に似たり。(源氏物語)
(あどけない女の声に似ていた。)
🕰️ 語源と歴史
「いはけなし」の語源については諸説ありますが、代表的なものは以下の通りです。
- 「幼気なし」説:「幼」(いは)と「気」(け)が組み合わさり、「幼い気質」を意味する。
- 「幼毛なし」説:まだ生え揃っていない幼い獣の毛(幼毛)のような未熟さを表す。
- 「言波気なし」説:「言葉の調子」(言葉気)に関連し、言葉遣いが未熟なことを指す。
平安時代の文学作品に多く登場し、主に若い女性や子供の様子を描写するのに使われました。大和言葉の古語として、日本人の繊細な感性を反映しています。
📝 活用形と派生語
「いはけなし」の活用(形容詞シク活用)
活用形 | 語形 | 接続 |
---|---|---|
未然形 | いはけなから | ず |
連用形 | いはけなく | て、なり、他の用言 |
終止形 | いはけなし | 言い切り |
連体形 | いはけなき | 体言、こと、の |
已然形 | いはけなけれ | ば、ども |
命令形 | いはけなかれ | (使用例は少ない) |
派生語
- いはけなさ (名詞) – 幼さ、あどけなさ、無邪気さ
「いはけなさの残れる顔」(幼さの残る顔)
- いはけなげ (形容動詞) – 幼げな、あどけなげな
「いはけなげなる姿」(あどけなげな姿)
🔄 類義語
幼い・子供っぽい
無邪気である・あどけない
↔️ 反対の概念
「いはけなし」が「幼い」「無邪気」を表すのに対し、以下のような語は「大人びている」「経験豊富」といった意味を表します。
🗣️ 実践的な例文(古文)
いはけなき子の頃より、人にすぐれて気高く生ひ出でたまへり。(源氏物語)
【訳】幼い子供の頃から、人よりもすぐれて気高く育ちなさった。
姫君は、今ぞ十に足らせたまひぬる、いはけなくて恥ぢらひたまふ。(源氏物語)
【訳】姫君は、ちょうど十歳になられたところだが、あどけなくて恥ずかしがっておられる。
女君はいはけなけれど、心深くおはします。(堤中納言物語)
【訳】女君はお若いけれど、心が深くていらっしゃる。
少納言の乳母が孫いはけなき程にて、后の宮の御前に遊び馴れたる(紫式部日記)
【訳】少納言の乳母の孫が幼い頃に、皇后の御前で遊び慣れていた
年は十七ばかりにて、顔つきいはけなく清らなり。(宇治拾遺物語)
【訳】年は十七歳ほどで、顔つきがあどけなくて清らかだ。
📝 練習問題
傍線部の「いはけなし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 姫君、年いはけなけれども、気色うつくし。(源氏物語)
解説:
「姫君は年が幼いけれども、様子が美しい」という意味です。「年いはけなし」は「年齢が若い、幼い」ことを表します。
2. 君はいはけなげなる御様子なれど、物の心得あらまほし。(落窪物語)
解説:
「あなたはあどけないご様子だけれども、物事の心得があるといい」という意味です。外見や態度にあどけなさが見えるものの、内面的な成熟さを期待している文脈です。
3. 皆人は老いにたりと見ゆるに、十歳許りと見ゆるいはけなき童あり。(今昔物語)
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