「縁側に『ゐて』月を眺めるように、また、官職に『ゐる』人のように、この言葉は人の存在や状態、継続を表します」
📖 意味と用法
ゐる(居る) は、ワ行上一段活用の動詞で、「いる」「座る」といった人の存在や状態を表す基本動詞です。また、補助動詞としても非常に多く用いられます。「率る(ひきゐる)」の「ゐる」とは別語です。
- 【座る・位置する】座る、座っている、腰を下ろす: 人が座った姿勢でいることを表します。最も基本的な意味の一つです。
- 【存在する・住む】(ある場所に)いる、住む、とどまる: 人や動物がある場所に存在していること、住んでいることを示します。現代語の「いる」に近いですが、古文では「あり」との使い分けがあります。
- 【地位につく】(ある地位・役職に)つく、就任する: 特定の官職や地位にあることを表します。
- 【鳥がとまる】(鳥などが)とまる、巣くう: 鳥が枝などにとまっている状態を指します。
- 【補助動詞】(他の動詞の連用形に付いて)~ている、~(し)ている、ずっと~(し)ている: 動作や状態の継続を表します。「~てゐる」の形でよく使われます。
座る、いる、地位につく、~ているがキーワードです。自動詞としての用法と補助動詞としての用法があり、文脈で判断します。
座る・座っている の例
縁にゐて、月を見る。(枕草子)
(縁側に座って、月を見る。)
いる・住む の例
都にはえゐで、田舎に住む。(伊勢物語)
(都にはいることができなくて、田舎に住む。)
~ている(補助動詞)の例
人の寝たる後まで物語などしてゐたり。(源氏物語)
(人が寝た後まで物語などをして(座っ)ている。)
🕰️ 語源と歴史
「ゐる(居る)」は、ヤ行の「い」ではなく、ワ行の「ゐ」を用いるワ行上一段活用の動詞です。元々は、人が特定の位置に「座る」「落ち着いて存在する」という意味が中心的でした。
ここから、単に「いる」という存在を示す意味や、「(ある地位に)就く」という意味、また鳥などが特定の位置に「とまる」といった意味にも広がりました。さらに、他の動詞の連用形に付いて、「~てゐる」の形で動作や状態の継続を表す補助動詞としての用法が非常に発達しました。この用法は現代語の「~ている」に直接つながります。
「あり」が物や事柄の存在を広く指すのに対し、「ゐる」は主に人や動物など生物が「座っている」「そこにいる」というニュアンスで使われることが多いですが、厳密な使い分けが常にされるわけではありません。「ゐる」がア行上二段活用の「率る(ひきゐる)」とは全く別の語であることに注意が必要です。
📝 活用形と関連語
「ゐる」の活用(ワ行上一段活用)
活用形 | 語形 | 接続例 |
---|---|---|
未然形 | ゐ | ず、む |
連用形 | ゐ | て、けり、たり |
終止形 | ゐる | 言い切り |
連体形 | ゐる | 時、人、こと |
已然形 | ゐれ | ば、ども |
命令形 | ゐよ | (まれ) |
※ワ行の「ゐ・う・ゑ・を」は現代では「い・う・え・お」と発音されることが多いです。
関連語
- あり(有り) (動詞ラ行変格) – ある、いる。物や事柄の存在を広く指す。
月あり。
- をり(居り) (動詞ラ行変格) – いる、座っている。「ゐる」とほぼ同義だが、やや改まった言い方。
人も静まりてをり。
- 率る(ひきゐる) (動詞ワ行上一段) – 連れる、引き連れる。同じ「ゐる」でも意味が異なる同音異義語。
兵をひきゐて攻む。
🔄 類義語
座る・いる
~ている(補助動詞)
↔️ 反対の概念
「ゐる」が「座る」「いる」ことを示すため、反対の概念としては「立つ」「去る」「いない」といった状態が考えられます。
🗣️ 実践的な例文(古文)
人の前にゐて物言ふ様も、いとうつくし。(枕草子)
【訳】人の前に座って物を言う様子も、たいそうかわいらしい。
木の末には烏のゐるぞ見ゆる。(源氏物語)
【訳】木の梢には烏がとまっているのが見える。
后の位にゐ給ふべき人なり。(大鏡)
【訳】皇后の位にお就きになるはずの方である。
物思ひ顔にてゐたる人の多かりける。(伊勢物語)
【訳】物思いに沈んだ顔つきで座っている(いる)人が多かった。
月の出づるまで待ちゐたり。(更級日記)
【訳】月が出るまで待っていた。
📝 練習問題
傍線部の「ゐる」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 縁にゐて涼む。
解説:
縁側で涼んでいる状況なので、「座って」が最も適切です。
2. 人もなき古寺にひとりゐたり。
解説:
人のいない古寺に一人で「いる」という存在を表しています。補助動詞ではなく本動詞です。
3. 長く語らひゐたる人なり。
解説:
動詞「語らふ」の連用形に接続しているので、動作の継続を表す補助動詞です。「長く語り合っている人である」という意味です。
4. 大臣の位にゐたまへり。
解説:
「大臣の位に」とあるので、特定の地位に就いていることを表します。「(位に)ついていらっしゃる」が適切です。
5. 軒端の梅に鶯ゐて鳴く。
解説:
主語が鳥の「鶯」であり、梅の枝にいる状況なので、「とまって」が適切です。