むげなり (形容動詞・ナリ活用)

①ひどい・あんまりだ・最低だ ②(下に打消を伴って)むやみに・一概に(~ない)

程度が著しく低い、または標準以下であるさま。人や物事の状態が非常に悪いことを表す。

「あまりに『むげなる』仕打ちに言葉を失うように、この言葉は程度のひどさや、やりきれない状況を表します」

📖 意味と用法

むげなり は、ナリ活用の形容動詞で、「ひどい」「あんまりだ」といった、物事の程度が著しく低い、または標準以下であるさまを表す重要な古文単語です。「無下なり」と漢字で書かれることもあり、基本的に否定的な状況で用いられます。

  1. 【程度がひどい】ひどい、あんまりだ、最低だ、話にならない、取るに足りない: 人の言動や物事の状態が、許容範囲を大きく下回り、非常に悪いさまを表します。価値がない、問題にならないといったニュアンスも持ちます。
  2. 【むやみに・一概に】(下に打消の語を伴って、「むげに~ず」の形で)むやみに(~ない)、一概に(~ない)、まったく(~ない): 完全にそうとは言えない、全面的に否定するわけではない、といった部分的な否定を表す際に使われます。この用法では「むげに」の形をとることが多いです。

ひどい、最低、話にならない、一概に~ないがキーワードです。多くは強いマイナス評価を伴いますが、打消を伴う場合は限定的な意味合いになります。

ひどい・あんまりだ の例

むげなる有様ありさまかな。(方丈記)

(ひどい世の中のありさまだなあ。)

むやみに~ない の例

むげにらぬみちくべきにもあらず。(徒然草)

(むやみに知らない道を行くべきでもない。)

取るに足りない の例

むげなるものふこと、らず。(枕草子)

(取るに足りない者が言うことは、聞くに値しない。)

🕰️ 語源と歴史

「むげなり」の「むげ」は、「無下」という漢字が当てられることからもわかるように、「下がない」、つまり「これより下はないほどひどい」という意味合いが元になっています。物事の程度が最低である、価値がないという評価を示します。

「下(げ)」は価値や程度の低さを表し、それを「無(む)」で強調していると考えられます。この言葉は、人の行動、能力、物事の状態などが、あるべき水準に達していない、あるいは著しく劣っていると判断される際に用いられました。

平安時代から使われており、特に人の評価や社会の状況に対する嘆き、批判などの文脈で見られます。また、連用形「むげに」が下に打消の語を伴うと、「まったく~ない」「一概に~ない」という意味になり、これは「価値がないほどではない」「完全にそうとは言えない」というニュアンスから生じた用法と考えられます。

📝 活用形と関連表現

「むげなり」の活用(形容動詞ナリ活用)

活用形 語形 接続例
未然形 むげなら
連用形 むげなり / むげに て、けり、他の用言
終止形 むげなり 言い切り
連体形 むげなる 時、人、こと
已然形 むげなれ ば、ども
命令形 (むげなれ) (まれ)

※連用形「むげに」は副詞として用いられ、特に下に打消の語を伴うことが多いです。

関連表現

  • むげ(無下) (名詞) – ひどいこと、最低なこと。
    あまりのむげこともなし。
  • むげにす (サ行変格活用動詞) – むだにする、ないがしろにする。
    ひと好意かういむげにせば、のちいむ。

🔄 類義語

ひどい・あんまりだ・最低だ

あさまし
めざまし
ひどし
こちなし(骨なし)

(下に打消)むやみに・一概に

あながちに(~ず)
さして(~ず)
しひて(~ず)

※「あさまし」「めざまし」は驚きあきれるほどのひどさを表します。

↔️ 反対の概念

「むげなり」が「ひどい・最低だ」という意味の場合、反対の概念としては「すばらしい」「立派だ」「価値がある」といった状態が考えられます。「むげに~ず」の場合は直接的な反対語はありません。

いみじ (すばらしい)
めでたし (すばらしい、立派だ)
よし (よい、優れている)
かたじけなし (おそれ多い、ありがたい)

🗣️ 実践的な例文(古文)

1

ひとことむげにいなむべきにもあらず。(徒然草)

【訳】人の言うことをむやみに否定すべきでもない。

意味: ② (下に打消)むやみに(~ない)
2

むげなるこころほどかなと、あさましくゆ。(源氏物語)

【訳】ひどい心根だなあと、あきれはてて見える。

意味: ① ひどい・あんまりだ
3

ゆきもりたる景色けしきむげにかたなし。(枕草子)

【訳】雪が積もっている景色は、まったく言いようがない(ほど素晴らしい)。

意味: (この文脈では)程度がはなはだしい意の強調「まったく」
4

むげにこころぼそりにけり。(伊勢物語)

【訳】ひどく心細くなってしまった。

意味: ① ひどい(程度がはな甚だしい)
5

むげなることまうすものかな。(平家物語)

【訳】とんでもない(ひどい)ことを申し上げるものだなあ。

意味: ① ひどい・あんまりだ

📝 練習問題

傍線部の「むげなり」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。

1. わがわがひとつのためためには、むげにものおもはざらまし。

まったく
ひどく
おそらく
価値がなく

解説:

「むげに~ざらまし(まったく~ないだろう)」の形で、下に打消を伴っています。自分自身のためには、まったく物思いをしないだろう、という意味なので「まったく」が適切です。

2. あまりにむげなる仕打しうちになみだちず。

むやみな
ひどい
価値のない
普通の

解説:

あまりにもあんまりな仕打ちに涙も出ない、という意味です。「ひどい」が適切です。

3. ひと善悪ぜんあくは、むげにさだめがたし。

ひどく
最低に
一概に
価値なく

解説:

「むげに~がたし(一概に~できない)」の形で、人の善悪は一概に定めることは難しい、という意味です。「一概に」が適切です。

4. かやうにむげなるとなりはてぬるこそかなしけれ。

どうしようもない(ひどい)
普通の
むやみな
まったく

解説:

このようにどうしようもない(ひどい、最低な)身の上になり果ててしまったことが悲しい、という意味です。「どうしようもない(ひどい)」が適切です。

5. つきひかりなきなき闇夜やみよは、むげにこころぼそし。

まったく~ない
ひどく(この上なく)
一概に
価値なく

解説:

月の光もない闇夜は、ひどく(この上なく)心細い、という意味です。ここでは程度がはなはだしいことを表す「ひどく」が適切です。