なさけ (名詞)

①思いやり・人情味・同情心 ②風流心・風情を解する心 ③男女の情愛・恋情

人間らしい温かい心遣いや、物事の趣を理解する感性、また異性への愛情など、豊かな感情を表す。

「困っている人に『なさけ』をかけるように、また美しい月を見て『なさけ』ある歌を詠むように、この言葉は人の心の温かさや豊かさを表します」

📖 意味と用法

なさけ(情け) は、名詞で、人間が持つべき温かい心や、物事の趣を理解する繊細な感受性を指す重要な古文単語です。文脈によって様々な心の働きを表します。

  1. 【人情・思いやり】思いやり、人情味、同情心、優しい心、親切心: 他人に対する温かい心遣いや、相手の苦しみや悲しみに共感する気持ちを表します。「なさけ深い」「なさけをかける」などの形でよく用いられます。
  2. 【風流心・風雅】風流心、風情を解する心、趣、風雅な心: 自然の美しさや芸術作品の趣を理解し、感動する心、美的感受性を指します。和歌や物語の中で、登場人物の教養や感性の豊かさを示す指標となることがあります。
  3. 【男女の情愛】男女間の情愛、恋情、恋愛感情、色恋の情: 異性に対する愛情や恋心を表します。現代語の「情けを交わす」に近いニュアンスです。

思いやり、風流心、恋情、人情味がキーワードです。人の内面にある温かく豊かな感情全般を指すことが多いです。

思いやり・人情味 の例

ひとうへいたはるいたはるこそ、まことのなさけなり。(徒然草)

(他人の身の上を気遣うことこそ、本当の思いやりである。)

風流心・風情 の例

つきはななさけあらむひとは、うたづべし。(古今和歌集仮名序)

(月や花に風流心がある人ならば、歌も自然と詠み出すだろう。)

男女の情愛 の例

たがいひになさけかよはすなかとなりぬ。(伊勢物語)

(互いに男女の情愛を通わせる仲となった。)

🕰️ 語源と歴史

「なさけ(情け)」の語源については諸説ありますが、動詞「なす(生す・成す)」に、状態や性質を表す接尾語「け」が付いたものという説があります。「なす」には「生じさせる」「作り出す」という意味があり、そこから自然に生じる心の動き、特に他人への思いやりや物事への感受性を指すようになったと考えられます。

また、「泣く」の語幹「な」と「気(け)」から成るという説もあり、これは涙を誘うような深い感情を指すという解釈です。

平安時代には、単に同情心だけでなく、風流を解する心、美的センス、さらには男女間の愛情といった、人間的な感情や感性の豊かさ全般を指す言葉として広く用いられました。これらの意味は現代語の「情け」にも一部引き継がれていますが、古語の「なさけ」はより広い範囲の心の働きを含んでいます。

📝 品詞と関連表現

「なさけ」の品詞

品詞 説明
名詞 「思いやり」「風流心」「男女の情愛」などの意味で用いられる。活用はしない。

※「なさけなし(情け無し)」はク活用の形容詞、「なさけあり」はラ行変格活用の動詞など、他の語と複合して使われることが多いです。

関連表現

  • なさけなし(情け無し) (形容詞ク活用) – 思いやりがない、無風流だ、薄情だ。
    かくなさけなきひととはらざりき。
  • なさけあり(情け有り) (動詞ラ行変格活用) – 思いやりがある、風流心がある。
    なさけある返事かへりごとつ。
  • なさけをかく(情けを掛く) (複合動詞) – 同情する、親切にする。
    まづしきものなさけをかけたまふ。

🔄 類義語

思いやり・人情味

あはれ
いつくしみ
こころ(心)
こまやか

風流心・風情

風情(ふぜい)
趣(おもむき)
こころあり
みやび

男女の情愛・恋情

恋(こひ)
色(いろ)
あはれ

↔️ 反対の概念

「なさけ」が「思いやり・風流心・情愛」など肯定的な心の働きを示すため、反対の概念としては「無情」「無風流」「冷淡」などが考えられます。

なさけなし (思いやりがない、無風流だ)
こころなし (情趣を解さない、薄情だ)
つれなし (冷淡だ、そっけない)
むげなり (ひどい、思いやりがない)

🗣️ 実践的な例文(古文)

1

はな鳥とり風月ふうげつにもなさけせけるひとおほかりける。(平家物語)

【訳】花や鳥、風や月といった自然の風物に風流な心を寄せる人が多かった。

意味: ② 風流心・風情を解する心
2

ひとなさけすがりすがりてこそ、わたすべもあれ。(方丈記)

【訳】人の思いやり(人情)に頼ってこそ、世の中を渡っていく方法もあるのだ。

意味: ① 思いやり・人情味
3

あだなるあだなるおとこなさけには、こころゆるすまじかりけり。(源氏物語)

【訳】不誠実な男の情愛には、心を許してはならなかったのだなあ。

意味: ③ 男女の情愛・恋情
4

なさけあるひとめるうたは、こころみる。(古今著聞集)

【訳】風流心のある(または、思いやりのある)人が詠んだ歌は、心にしみる。

意味: ② 風流心・風情を解する心 / ① 思いやり
5

武士もののふなさけらぬ田舎ゐなかびとかな。(奥の細道)

【訳】武士の情け(武士道の精神、あるいは人情味)も知らない田舎の人だなあ。

意味: ① 思いやり・人情味 (文脈によっては ② 風流心も含む)

📝 練習問題

傍線部の「なさけ」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。

1. つきかげの宿やどれるそでつゆけけれど、よもよもなさけありとはじ。

男女の情愛
風流心
思いやり
人情

解説:

月の光が宿る袖は露で濡れているけれど、まさか(私に)男女の情愛があるとは思わないだろう、という意味です。恋愛の文脈で使われています。

2. るにもなさけうごかすひとかしかし

恋情
風流心(趣を感じる心)
同情心
親切心

解説:

木の葉が散るのにも趣を感じて心を動かす人こそ(素晴らしい)、という意味です。自然の風物に感動する心を指しています。

3. かのかのひとなさけこころたれて、なみだこぼれぬ。

風情
恋心
思いやり(親切心)

解説:

あの人の思いやりに心を打たれて、涙がこぼれた、という意味です。他人への温かい心遣いを指しています。

4. うたなさけめてむ。

思いやり
風情(趣)
恋情
人情

解説:

歌に風情(趣、深い感情)を込めて詠む、という意味です。芸術作品における情感や趣を指します。

5. なさけふかひとおこなひにこころあたたまる。

風流心のある
恋情の深い
思いやりの深い
趣のある

解説:

思いやりの深い人の行いに心が温まる、という意味です。「なさけ深き」で他人への深い配慮や同情心を表します。