「困難な状況を打開するため、将軍は密かに策を『おきて』いたように、この言葉は未来への布石や決意を表します」
📖 意味と用法
おきつ は、タ行下二段活用の動詞で、「前もって取り決める」「指図する」といった、計画性や意志をもって物事を処置する様子を表す重要な古文単語です。
- 【計画・処置】あらかじめ決めておく、計画する、処置する、準備する: 将来起こるであろう事態に備えて、事前に段取りを整えたり、対応策を講じたりすることを意味します。
- 【指図・命令】指図する、命令する、言いつける: 人に対して、こうするようにと指示を与えることを表します。多くの場合、目上の者から目下の者への指示です。
- 【決意】(心の中で)決意する、心に決める: 表立っては見えないものの、心の中で固く決めるという意味合いも持ちます。
「おきつ」は、単に物事を置くのではなく、意志をもって将来のために何かを定めるというニュアンスが重要です。
計画・処置 の例
子どもたちの身の上のことなど、かねておきて給ふ。(源氏物語・桐壺)
(子供たちの身の上についてなどを、前もって処置なさる。)
指図・命令 の例
湯など奉れとおきつる人あり。(枕草子・すさまじきもの)
(お湯などをお持ちせよと指図した人がいる。)
決意 の例
心のうちに深くおきてて、人にも告げざりけり。(大和物語)
(心の中で深く決意して、人にも告げなかった。)
🕰️ 語源と歴史
「おきつ」の語源は、動詞「置く(おく)」に接尾語「つ」が付いたものと考えられています。「置く」には物をある場所に据えるという意味のほかに、物事をあらかじめ定める、取り計らうという意味があります。
接尾語「つ」は、動作を強調したり、完了を示したりする働きがあります。したがって、「おきつ」は「置く」の持つ「定める」「取り計らう」という意味を強調し、しっかりと前もって処置する、固く決めるというニュアンスを帯びるようになったと解釈できます。
平安時代から用いられ、特に物語文学などで、登場人物の計画や指図、内面の決意などを描写する際に使われました。その名詞形である「おきて(掟)」は、規則や法律といった意味で現代にも残っています。
📝 活用形と派生語
「おきつ」の活用(タ行下二段活用)
活用形 | 語形 | 接続 |
---|---|---|
未然形 | おきて | ず、む、ん |
連用形 | おきて | て、けり、たり |
終止形 | おきつ | 言い切り |
連体形 | おきつる | 体言、こと、の |
已然形 | おきつれ | ば、ども |
命令形 | おきてよ | (会話などで) |
※タ行の活用であることに注意。「おきつ」の「き」は語幹の一部です。
派生語
- おきて(掟) (名詞) – 指図、命令、規則、法令、定め、計画
世の中のおきて正しからねば、(徒然草)
(世の中の法度が正しくないので、)
🔄 類義語
あらかじめ決めておく・計画する
指図する・命令する
※「まうく」は準備する、「はかる」は計画を練るというニュアンスが強いです。
↔️ 反対の概念
「おきつ」が「計画的に処置する」ことを示すため、直接的な一語の反対語は特定しにくいですが、「成り行きに任せる」「無計画である」といった状態が対極にあると考えられます。
🗣️ 実践的な例文(古文)
いかでこの人をわがものにせむと、夜も昼も思ひおきてて、(伊勢物語・六段)
【訳】なんとかしてこの人を自分のものにしようと、夜も昼も(心に)決めていて、
后の宮の御ためにも、かくこそはと心におきつる事どもを、(源氏物語・若菜下)
【訳】皇后の宮(=紫の上)のためにも、このようにしようと心に決めていた事々を、
明日の事は今日おきてよ。(徒然草・第七十四段)
【訳】明日のことは今日決めておけ(準備しておけ)。
万の事ども、みな大将のおきつるままなり。(平家物語・巻七)
【訳】すべてのことは、みな大将が指図した通りである。
人の言は皆聞き入れ、身の上は神仏に任せておきつ。(方丈記)
【訳】人の言うことはすべて聞き入れ、自身の身の上は神仏に任せて処置した(決めた)。
📝 練習問題
傍線部の「おきつ」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 子に家を譲り、財産を分かち与ふることを、生ける間におきつるは、愚かなり。(徒然草・第二十三段)
解説:
生きている間に財産分与などを決めてしまうことについて述べているので、「あらかじめ決めておく」または「処置する」が適切です。
2. かぐや姫、翁に、「月の都より迎へまうで来む。その日は騒がしからむ」とおきつ。(竹取物語)
解説:
かぐや姫が翁に対して、迎えが来ること、その日は騒がしくなるだろうと伝えている場面です。これは未来のことについて「指図した(言いつけた)」または「予告した」と解釈するのが適切です。
3. 人しれず物を思ふ心のほどを、歌に詠みて知らさんとおきつれども、(古今和歌集・恋歌一)
解説:
恋心を歌にして相手に知らせようと心に決めたものの、それができなかったという文脈です。したがって、「決意した」が最も適切です。「おきつれども」は已然形+「ども」。
4. 年ごろ思ひつること果たし侍らむと、かねておきてし事なれば、(更級日記)
解説:
長年思っていたことを実行しようというのは、前もって計画していたことである、という文脈です。「かねて(前もって)」という語からも「計画していた」が適切です。「おきてし」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形。
5. 主の男、客のために様々に饗応をおきつ。(宇治拾遺物語)
解説:
家の主人が客のためにもてなしを準備した、手配したという意味です。「処置した」や「準備した」が適切です。