「遠く離れた故郷では今ごろ桜が咲いて『らむ』と想像するように、この言葉は目に見えない現在の状況やその理由を推し量る気持ちを表します」
📖 意味と用法
らむ(らん) は、ラ行変格型の活用をする助動詞で、主に「現在の事柄についての推量」を表しますが、その他にもいくつかの重要な意味を持ちます。接続は動詞の終止形(ラ変動詞には連体形)に付きます。
- 【現在推量】(今ごろ)~ているだろう、~ているらしい、~ているにちがいない: 現在行われているであろう動作や、現在存在しているであろう状態を、目の前にはないけれども推量する意味です。「今ごろどうしているだろうか」というニュアンスです。
- 【原因・理由の推量】どうして~ているのだろうか、なぜ~なのだろうか、どういうわけで~のか: ある事態が起こっている現在の原因や理由を推量する意味です。疑問語(「など」「いかに」など)を伴うことが多いです。
- 【伝聞・婉曲】~とかいうことだ、~とかいう、~ような: 直接見聞きしたことではなく、他から伝え聞いたことを表したり、断定を避けて遠回しに表現したりする意味です。この用法は、主に連体形で体言を修飾する場合に見られます。
現在の推量、原因推量、伝聞・婉曲がキーワードです。文脈や接続する語、疑問語の有無などから意味を判断します。「けむ(過去推量)」や「めり(推定)」など他の推量系助動詞との違いも重要です。
現在推量の例
故郷に今は誰か住むらむ。(古今和歌集)
(故郷には今ごろ誰が住んでいるのだろうか。)
原因・理由の推量の例
などかくは悲しき心地のするらむ。(源氏物語)
(どうしてこんなに悲しい気持ちがするのであろうか。)
伝聞・婉曲の例
昔ありしらむ所を尋ぬれば。(伊勢物語)
(昔あったとかいう場所を尋ねると。)
🕰️ 語源と歴史
助動詞「らむ」の語源は、存在を表す動詞「あり」の未然形「あら」に、推量の助動詞「む」が付いた「あらむ」が音変化したもの(アラム→ラン)とされています。「あり」が現在の状態や存在を指すため、その推量である「らむ」も基本的に現在の事柄に対する推量を表します。
平安時代には、目の前にない現在の状況を想像したり、その原因を推測したりする際に広く用いられました。また、連体形「らむ」が体言を修飾する際には、直接的な断定を避け、他から伝え聞いたこととして述べたり、表現を和らげたりする婉曲的な用法も発達しました。
和歌においては、特に見えない場所や人の現在の様子を想像して詠む際に効果的に使われ、情趣深い表現を生み出しました。「らん」という撥音便の形も平安時代から見られます。
📝 活用形と接続
「らむ」の活用(ラ行変格型)
活用形 | 語形 |
---|---|
未然形 | (なし) |
連用形 | (なし) |
終止形 | らむ (らん) |
連体形 | らむ (らん) |
已然形 | らめ |
命令形 | (なし) |
※「らん」は撥音便形です。未然形・連用形・命令形はありません。
接続
動詞・助動詞(一部)の終止形に接続します。ただし、ラ行変格活用の語には連体形に接続します。
- 例:花咲くらむ (四段動詞「咲く」の終止形に接続)
- 例:人ありらむ (ラ変動詞「あり」の連体形に接続)
- 例:美しかりけむ(過去推量の助動詞「けむ」の連体形に接続することもあるが、これは「けむ」の用法で、「らむ」が「けむ」に付くわけではない点に注意)
意味の識別ポイント
- 現在推量:文脈から、話し手が直接見ていない現在の事柄について推量している場合。
- 原因・理由の推量:「など」「いかに」「何故」などの疑問語を伴う場合が多い。
- 伝聞・婉曲:主に連体形で体言を修飾し、「~というような」「~とかいう」と訳せる場合。目の前の事柄について、断定を避けて表現する場合もある。
🔄 類義の助動詞
推量系統の助動詞
※これらの助動詞は、推量する対象の時点(現在・過去・未来)や、推量の根拠(視覚的・聴覚的など)、確信度によって使い分けられます。「らむ」は特に「現在の見えない事柄」についての推量が中心です。
↔️ 注意点
「らむ」は、助動詞「あり」に「む」が付いた「あらむ」の音便形であるため、推量の対象は基本的に「現在」です。過去の事柄については「けむ」、未来の事柄については「む」が用いられます。
また、連体形「らむ(らん)」が体言に続く場合、「~ような」「~とかいう」といった婉曲・伝聞の意味になることが多いので、文脈判断が重要です。
🗣️ 実践的な例文(古文)
いかでかの山の桜は咲くらむ。(古今和歌集)
【訳】どうしてあの山の桜は(今ごろ)咲いているのだろうか。(早く見たいものだ)
人はなほ昔の友こそ恋しかるらめ。(源氏物語)
【訳】人はやはり昔の友こそ恋しいのだろうなあ。
何事かあらむと心得。(徒然草)
【訳】何かあるのだろうかと(推量して)理解する。
夢にやありけむ、うつつにやありけむ、おぼつかなし。(大和物語)
※参考:過去推量の助動詞「けむ」の例
【訳】夢であったのだろうか、現実であったのだろうか、はっきりしない。
彼の人も今は都に帰るらん。(後拾遺和歌集)
【訳】あの人も今は都に帰っているだろうなあ。
📝 練習問題
傍線部の「らむ(らん)」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 都にて月を見るも今宵ならではの心地やしらむ。
解説:
都で月を見るのも今夜ならではの気持ちがしているだろうか、という現在の状況を推量しています。「~ているだろう」が適切です。
2. いかに久しくなりぬらん。
解説:
疑問語「いかに」を伴い、どれほど久しくなったのだろうか、その原因や理由を推量しています。「どうして~のだろうか」が適切です。
3. 昔ありけむとか言ひ伝ふるらむ寺の跡。
解説:
「らむ」が連体形で体言「寺の跡」を修飾し、「言ひ伝ふ」という動詞を受けているため、「昔あったとか言い伝えているような寺の跡」という意味になります。「~とかいう」という伝聞・婉曲が適切です。
4. かの姫君は、今ごろ何を思ひ給ふらん。
解説:
「今ごろ」という言葉があり、姫君が現在何を思っていらっしゃるだろうか、と推量しています。「~ていらっしゃるだろう」が適切です。
5. などやかくは苦しき目を見るらむ。
解説:
疑問語「などや(どうして~か)」を伴い、なぜこのように苦しい目に遭うのだろうか、と原因を推量しています。「どうして~のだろうか」が適切です。