「幼子が懸命に何かをしようとする姿を『らうたし』と感じるように、この言葉は庇護欲をそそる愛らしさやいじらしさを表します」
📖 意味と用法
らうたし は、ク活用の形容詞で、小さくか弱いもの、幼いものなどに対して、愛しさや庇護欲を感じるさまを表す重要な古文単語です。「労甚し」などの漢字が当てられることもありますが、主に平仮名で書かれます。
- 【かわいらしい・いじらしい】かわいらしい、いじらしい、可憐だ、愛らしい: 小さな子供や動物、あるいは頼りなげな様子の人などを見て、自然と湧き上がるような愛おしさや、守ってあげたいという気持ちを伴うかわいらしさを表します。現代語の「かわいい」よりも、対象が小さく弱いこと、そしてそれに対する庇護の気持ちが強く含まれます。
- 【愛しい・いとおしい】(目下の者に対して)愛しい、いとおしい、大切にしたい、守ってあげたい: 特に自分より幼い者や立場の低い者に対して、深い愛情や保護したいという気持ちを表します。
かわいらしい、いじらしい、守ってあげたい、愛おしいがキーワードです。「うつくし」が視覚的な美しさや整ったかわいらしさを表すのに対し、「らうたし」はより主観的で、対象への愛情や庇護欲を伴うのが特徴です。
かわいらしい・いじらしい の例
いと小さき犬の、らうたう尾を振りて寄り来る。(枕草子)
(たいそう小さな犬が、かわいらしく尾を振って寄って来る。)
愛しい・いとおしい の例
若君を見たてまつれば、いとらうたしと思し。(源氏物語)
(若君を拝見すると、たいそう愛しいとお思いになる。)
守ってあげたい の例
親のなき子をらうたく育み給ふ。(今昔物語集)
(親のいない子を、いとおしく(大切に守って)お育てになる。)
🕰️ 語源と歴史
「らうたし」の語源は、「いたはる(労る)」の語幹「いたは」に、状態を表す接尾語「し」が付いた「いたはし」が音変化したもの(イタハシ→イタウシ→ラウタシ)、あるいは「らう(労)」+「いたし(甚し)」で「骨身に応えるほど愛しい」という意味から来ているという説などがあります。「労」は骨折りや苦労を意味し、それが転じて「大切に世話をする」「いたわる」といったニュアンスを持つようになったと考えられます。
元々は、世話をしてあげなければならないような弱々しい対象への労りの気持ちや、それによって引き起こされる愛しさを表していました。そのため、主に幼い子供や小さな動物、あるいは頼りない立場の人など、守ってあげたくなるような存在に対して使われました。
平安時代の文学、特に女流文学において、母性的な愛情や、か弱いものへの共感を表す言葉として頻繁に登場します。現代語の「かわいい」と訳されることも多いですが、単なる外見の美しさだけでなく、いじらしさや庇護欲を伴う複雑な感情を含む点が特徴です。
📝 活用形と派生語
「らうたし」の活用(形容詞ク活用)
活用形 | 語形 | 接続 |
---|---|---|
未然形 | らうたく | (あら)ず |
連用形 | らうたく | て、なり、他の用言 |
連用形(音便) | らうたう | て、ござる |
終止形 | らうたし | 言い切り |
連体形 | らうたき | 体言、こと、の |
已然形 | らうたけれ | ば、ども |
命令形 | (らうたくあれ) | (まれ) |
※連用形「らうたう」はウ音便化した形です。
派生語
- らうたがる (動詞ラ行四段) – かわいがる、いとおしむ。
幼き子をらうたがりて抱く。
- らうたげなり (形容動詞ナリ活用) – かわいらしい様子だ、いじらしい様子だ。
らうたげなる声にて物言ふ。
- らうたさ (名詞) – かわいらしさ、いじらしさ。
そのらうたさに心ひかるる。
🔄 類義語
かわいらしい・愛しい
※「うつくし」は整った美しさやかわいらしさ、「かなし」は強い愛情、「いとほし」は同情を伴うかわいらしさを表し、「らうたし」とはニュアンスが異なります。
↔️ 反対の概念
「らうたし」が「小さく弱いものへの愛らしさ」を示すため、反対の概念としては「かわいげがない」「憎らしい」「しっかりしている」「恐ろしい」といった状態が考えられます。
🗣️ 実践的な例文(古文)
稚児の寝たるは、いとらうたし。(枕草子)
【訳】幼い子が寝ているのは、たいそうかわいらしい。
姫君をらうたく思しかしづき給ふ。(源氏物語)
【訳】姫君を愛しくお思いになり大切にお育てになる。
雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠の中にこめたりつるものを。いとらうたしと思ひしものを。(源氏物語・若紫)
【訳】雀の子を犬君が逃がしてしまった。伏籠の中に閉じ込めておいたのに。たいそうかわいらしいと思っていたものを。
何事も知らぬ顔して、いとらうたげにて寝たる赤子かな。(枕草子)
【訳】何も知らない顔をして、たいそうかわいらしい様子で寝ている赤ん坊だなあ。
親は子をらうたしと思ふものなり。(伊勢物語)
【訳】親は子を愛しいと思うものである。
📝 練習問題
傍線部の「らうたし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 猫の子のらうたきを見て、人々あはれがる。
解説:
子猫の様子を指しており、庇護欲をそそるような愛らしさを表しています。「かわいらしい」が適切です。
2. 幼き人のはかなげなるを、いとらうたく思す。
解説:
幼い人が頼りなげな様子であるのを見て、たいそう愛しく(守ってあげたいと)お思いになる、という意味です。庇護の気持ちを伴う愛情を示しています。
3. ただ小さくらうたき声にて物を言ふ。
解説:
ただ小さく、かわいらしい(いじらしい)声で物を言う、という意味です。声の様子が小さく愛らしいことを表しています。
4. 親の心には、子はいつまでもらうたしとこそ思ふらめ。
解説:
親の心には、子はいつまでも愛しい(いとおしい)と思うのだろう、という意味です。深い愛情を表しています。
5. いとらうたう見ゆる雀の子なり。
解説:
たいそうかわいらしく見える雀の子である、という意味です。「らうたう」は連用形のウ音便。「かわいらしく」が適切です。