「美しい花に人の心を『よそへ』て歌を詠み、また旅立ちのために荷物を『よそふ』ように、この言葉は関連づけや準備、そして時には恋のアプローチをも表します」
📖 意味と用法
よそふ(寄そふ・比ふ) は、文脈や活用によって意味が異なる多義的な古文単語です。主にハ行四段活用ですが、ハ行下二段活用で特別な意味を持つこともあります。「装ふ(よそほふ)」とは別の語なので注意が必要です。
- 【比較・関連】(ハ行四段)比べる、なぞらえる、比較する、関係づける、かこつける、口実にする: あるものを別のものと引き合わせたり、関連付けたり、何かのせいにするという意味です。「AをBによそふ」の形でよく使われます。
- 【準備・用意】(ハ行四段)準備する、用意する、支度する、整える: 物事を始める前に必要なものを揃えたり、整えたりする意味です。
- 【言い寄る・恋慕】(ハ行下二段)言い寄る、恋心を寄せる、慕う: 特に男女間で、相手に恋心を抱き、それを伝えようと近づく意味です。この意味の場合はハ行下二段活用になるのが特徴です。
比べる、準備する、言い寄るがキーワードです。特に活用の違いによって意味が大きく変わる点に注意が必要です。
比べる・なぞらえる の例
梅の花の香を昔の人の袖の香によそへて詠む。(古今和歌集)
(梅の花の香りを昔の恋人の袖の香になぞらえて詠む。)
準備する の例
旅の装束をよそひて待つ。(伊勢物語)
(旅の装束を準備して待つ。)
言い寄る(下二段)の例
女に心をよそへて、歌を詠みかけけり。(大和物語)
(女性に恋心を寄せて、歌を詠みかけた。)
🕰️ 語源と歴史
「よそふ」の語源は、動詞「寄す(よす)」の未然形「よせ」に、継続や反復を表す接尾語「ふ」が付いたものと考えられます。「寄す」には「近づける」「引き合わせる」「関係づける」といった意味があります。
そこから、「何かを別のものに引き合わせて考える」つまり「比べる」「なぞらえる」「関係づける」という意味が生まれました。また、「引き合わせて整える」という意味から「準備する」「用意する」という意味にも発展しました。
ハ行下二段活用の「よそふ」は、特に「心を寄せる」という意味合いが強まり、「言い寄る」「恋慕する」という意味で使われるようになりました。この場合、対象に心を近づけていくニュアンスがあります。平安時代の和歌や物語では、恋愛の場面でこの下二段活用の「よそふ」がよく見られます。
📝 活用形と関連語
「よそふ」の活用(ハ行四段 / 下二段)
「よそふ」は主にハ行四段活用ですが、「言い寄る」の意味ではハ行下二段活用になります。
ハ行四段活用(比べる、準備する)
活用形 | 語形 |
---|---|
未然形 | よそは |
連用形 | よそひ |
終止形 | よそふ |
連体形 | よそふ |
已然形 | よそへ |
命令形 | よそへ |
ハ行下二段活用(言い寄る)
活用形 | 語形 |
---|---|
未然形 | よそへ |
連用形 | よそへ |
終止形 | よそふ |
連体形 | よそふる |
已然形 | よそふれ |
命令形 | よそへよ |
関連語
- よそひ(寄せ・比ひ) (名詞) – なぞらえること、比較、準備。
秋の月に心をよそひて。
- よそへごと(寄せ言・比へ言) (名詞) – なぞらえごと、比喩。
よそへごとにて思ひを伝ふ。
※「装ふ(よそほふ)」は「美しく飾る、身支度をする」という意味で、「よそふ」とは意味も活用も異なるので注意。
🔄 類義語
比べる・なぞらえる
準備する・用意する
言い寄る・恋心を寄せる
↔️ 反対の概念
「よそふ」は多義的なため、意味によって反対の概念が異なります。
- 比べる・なぞらえる ⇔ 区別する、そのままにする
- 準備する ⇔ 放置する、怠る
- 言い寄る ⇔ 避ける、疎んじる(うとんず)
🗣️ 実践的な例文(古文)
わが涙を雨によそへて、人に告げやらむ。(古今和歌集)
【訳】私の涙を雨になぞらえて、あの人に伝えたいものだ。
旅の具をよそひ果てて、門出す。(土佐日記)
【訳】旅の道具をすっかり準備し終えて、出発する。
人知れず心をよそふる女ありけり。(源氏物語)
【訳】人知れず(ある男性に)恋心を寄せている女性がいた。
わが身の上によそへて物を思ふ。(枕草子)
【訳】我が身の上に関係づけて(引き比べて)物思いをする。
病によそへて出仕せず。(大鏡)
【訳】病気にかこつけて(口実にして)出仕しない。
📝 練習問題
傍線部の「よそふ」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。(活用の種類にも注意)
1. 花の色を雪によそへて歌を詠む。
解説:
花の色を雪に「比べる・なぞらえる」という意味です。ハ行四段活用の連用形。
2. 明くる日の旅の用意をよそふ。
解説:
旅の用意を「整える・準備する」という意味です。ハ行四段活用の終止形。
3. 女御に深く思ひをよそへ給ふ。
解説:
女御に深く思いを「寄せる・言い寄る」という意味です。ハ行下二段活用の連用形。
4. 風邪によそへて休みけり。
解説:
風邪を「口実にして」休んだ、という意味です。ハ行四段活用の連用形。
5. かの人にこの花をよそふべし。
解説:
あの人にこの花を「なぞらえる」のがよいだろう、という意味です。ハ行四段活用の終止形が推量の助動詞「べし」に接続しています。