はかなし (形容詞・ク活用)

①頼りない・むなしい・はかない ②ちょっとした・取るに足りない ③(「はかなくなる」で)亡くなる

物事が頼りなく、むなしく感じられるさま。また、取るに足りない、かりそめの様子も表す。

「露のようにはかなく消える命を『はかなし』と言うように、この言葉は頼りなさや虚しさ、そしてちょっとした物事を表します」

📖 意味と用法

はかなし は、ク活用の形容詞で、「はか(目的、基準、目安、拠り所)」がない状態を表す古文単語です。この核心的な意味から、文脈に応じて様々なニュアンスで用いられます。

  1. 【頼りなさ・虚しさ】頼りない、むなしい、はかない、あっけない: 永続性がなく、すぐに消えてしまいそうな様子。人の命、世の中、約束などが対象となることが多い。
  2. 【些細・未熟】ちょっとした、取るに足りない、思慮分別がない、幼稚だ: 物事が本格的でなく、一時的であったり、重要でなかったりするさま。また、人の考えや行動が浅はかである様子も指す。
  3. 【死の婉曲表現】(連用形「はかなくなり」の形で)亡くなる、死ぬ: 人の死を直接的に表現するのを避けた婉曲な言い方。

「はかなし」は、文脈によって「頼りなく消えゆくもの」を指すのか、「取るに足りない些細なもの」を指すのか、あるいは「死」を暗示するのかを見極める必要があります。

頼りなさ・虚しさの例

つゆいのちかぜまえともしびよりもはかなしはかな。(平家物語)

(露のような命は、風の前の灯火よりもむなしく消えやすい。)

些細・未熟の例

はかなきはかなことことひてらす。(徒然草)

(取るに足りないことを言って一日を過ごす。)

死の婉曲表現の例

ははぎみはかなくはかななりたまひにのち。(源氏物語)

(母君がお亡くなりになった後。)

🕰️ 語源と歴史

「はかなし」の語源は、「仕事、計画、目当て」などを意味する名詞「はか(計・果・涯)」に、それを否定する接尾語「なし」が付いたものとされています。「はか」がない、つまり「頼りどころがない」「基準がない」「効果がない」といった状態が原義です。

この原義から、「効果がなくむなしい」「頼りなく消えやすい」「あてにならない」といった意味が生まれました。さらに、しっかりとした実体がないことから、「ちょっとした」「取るに足りない」という意味にも派生しました。また、命が頼りなく消えることから、人の死を婉曲にいう「はかなくなる」という表現も生まれました。

平安時代から広く用いられ、人の世の無常観やもののあはれと結びついて、文学作品の中で重要な役割を果たす言葉となりました。

📝 活用形と派生語

「はかなし」の活用(形容詞ク活用)

活用形 語形 接続
未然形 はかなくあら
連用形 はかなく / はかなう て、なり、他の用言
終止形 はかなし 言い切り
連体形 はかなき 体言、こと、の
已然形 はかなけれ ば、ども
命令形 はかなかれ (会話などで稀)

※連用形「はかなう」はウ音便化した形です。未然形は「はかなから」の形もとります。

派生語

  • はかなさ (名詞) – 頼りなさ、むなしさ、はかないこと
    なかはかなさはかなおもふ。(方丈記)
    (世の中のむなしさを思う。)
  • はかなぶ (動詞バ行四段) – はかないと思う、見下す
    ひとはかなびはかな。(源氏物語)
    (人を見下して。)
  • はかなげなり (形容動詞ナリ活用) – 頼りなげだ、むなしそうだ、ちょっとした様子だ
    はかなげなるはかなふみ。(更級日記)
    (ちょっとした手紙を書いて。)

🔄 類義語

頼りない・むなしい・はかない

あだなり
いたづらなり
こころもとなし

ちょっとした・取るに足りない

いささかなり
かりそめなり
なのめなり

※「あだなり」は実質がなくむなしい、「いたづらなり」は無駄だ・役に立たない、「いささかなり」はほんの少しだ、といったニュアンスの違いがあります。

↔️ 反対の概念

「はかなし」が頼りなさや取るに足りなさを表すため、しっかりしていること、永続性があること、重要なことなどが対極にあると考えられます。

たしかなり (確かだ、しっかりしている)
ゆるぎなし (揺るぎない、しっかりしている)
おもしろし (しっかりしている、本格的だ ※趣があるの意もあり)
大切なり(だいじなり) (重要だ)

🗣️ 実践的な例文(古文)

1

ゆめなかには、はかなきちぎりをむすけるける。(源氏物語・夕顔)

【訳】夢のようなこの世の中では、むなしい(頼りない)夫婦の縁を結んだことだ。

意味: ① 頼りない・むなしい・はかない
2

はかなきはかなすみけなどさせて、(枕草子)

【訳】ちょっとした(取るに足りない)落書きなどをさせて、

意味: ② ちょっとした・取るに足りない
3

としごろまどろみまどろたる心地ここちして、このこののことおぼえおぼず。はかなくはかななりぬるひとかずけり。(蜻蛉日記)

【訳】長年うとうとしていたような気持ちで、この世のことはよく分からない。亡くなってしまった人の数に入ってしまったのだなあ。

意味: ③(「はかなくなる」で)亡くなる
4

はかなきはかななれども、さまへてほとけみちりなん。(更級日記)

【訳】(私のような)取るに足りない(頼りない)身ではあるけれども、出家して仏道に入ろう。

意味: ② ちょっとした・取るに足りない / ① 頼りない
5

この世栄華えいがはかなきはかなものなり。(平家物語)

【訳】この世の栄華もむなしいものである。

意味: ① 頼りない・むなしい・はかない

📝 練習問題

傍線部の「はかなし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。

1. はなさかりに、つきくまなきをのみるものかは。…あめむかひてつきひ、めてはる行方ゆくへ知らぬも、なほあはれにあははかなし。(徒然草)

頼りなくむなしい
取るに足りない
幼稚だ
あっけない

解説:

春の行方が分からないまま過ごすことを「あはれに はかなし」と表現しています。過ぎ行く春を惜しみ、その移ろいやすさ、留められない虚しさを感じているため、「頼りなくむなしい」が適切です。

2. はかなきはかなことことだにでぬを、(源氏物語・末摘花)

むなしい
ちょっとした
頼りない
死に関する

解説:

「だに(~さえ)」とあることから、重要でない、些細なことさえ言い出せない、という文脈です。したがって、「ちょっとした」または「取るに足りない」という意味が適切です。

3. ははとくとくはかなくなりしかしかば、いかでいかありありて、ひとにもまじらはまじむ。(更級日記)

頼りなくなってしまった
取るに足りなくなってしまった
亡くなってしまった
幼稚になってしまった

解説:

「はかなくなる」は人の死を婉曲に表現する言い方です。「母も早くに亡くなってしまったので、どうやって世の中で生きて、人とも交際しようか」という意味になります。

4. はかなきはかなひと宿やどり、かりいほりなり。(方丈記)

頼りない(身分の低い)
むなしい
死んだ
思慮分別のない

解説:

「仮の庵」とあることから、永住するわけではない、しっかりとした住まいではないことがわかります。ここで「はかなき人」とは、しっかりとした生活基盤がない人、つまり「頼りない(身分の低い、または一時的な境遇の)人」を指しています。

5. なかしとやさしやさおもへども、かねかねとりにしあらあらねば。いまただただはかなきいかにいかせむ。(古今和歌集)

頼りなくむなしい
ちょっとした
思慮分別のない
亡くなった

解説:

世の中を憂鬱でつらいと思っても、鳥ではないので飛び立つこともできない。そんな自分の身をどうしようか、という嘆きの歌です。ここでは、自分の力の及ばない、どうしようもなく「頼りなくむなしい」身の上を嘆いています。

古文単語「はかなし」クイズゲーム(選択問題編)

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