「親が我が子を『かしづき』、家臣が主君に『かしづく』ように、この言葉は深い愛情に基づく世話や、敬意を込めた奉仕の心を表します」
📖 意味と用法
かしづく は、カ行四段活用の動詞で、対象が目下か目上かによって意味合いが異なる重要な古文単語です。共通しているのは、対象への深い敬意や愛情、そして献身的な態度です。
- 【大切に世話をする・養育する】(対象が子や妻、部下など目下の者の場合): 我が子や妻、あるいは大切にしている動植物などを、愛情を込めて手厚く世話をする、大切に育てる。現代語の「傅(かしず)く」に近い。
- 【お仕えする・奉仕する】(対象が主君や親、神仏など目上の者の場合): 主君や親、神仏など、敬うべき相手に敬意を払い、献身的に仕える、奉仕する。
「かしづく」が使われた際には、誰が誰に対して「かしづいて」いるのか、その対象と行為者の関係性を見極めることで、正確な意味を捉えることができます。
大切に世話をする・養育するの例
親たちかしづき給ふこと限りなし。(竹取物語)
(親たちが(かぐや姫を)大切にお育てになることはこの上ない。)
お仕えする・奉仕するの例
君にかしづく道を教へよ。(古今和歌集)
(主君にお仕えする道(方法)を教えてください。)
🕰️ 語源と歴史
「かしづく」の語源にはいくつかの説があります。一つは、「頭(かしら)」を「突く(つく)」、つまり頭を下げて恭しく仕える様子から来たとする説です。また、「傅く(いつく)」に由来し、神に仕えるように大切にする意から転じたとする説や、「畏(かしこ)む」に関連があるとする説などもあります。
古くは、神に仕えるという意味合いが強かったようですが、次第に人間関係における「仕える」「大切に世話する」という意味で広く使われるようになりました。特に、親が子を、夫が妻を、あるいは主人が大切なペットを大切に育てる場合や、家臣が主君に、子が親に献身的に仕える場合など、愛情や敬意を伴う行為を表す語として定着しました。
📝 活用形と派生語
「かしづく」の活用(カ行四段活用)
活用形 | 語形 | 接続 |
---|---|---|
未然形 | かしづか | ず、む |
連用形 | かしづき | て、けり、たり、き、ます |
終止形 | かしづく | 言い切り、べし、めり |
連体形 | かしづく | 体言、とき、に |
已然形 | かしづけ | ば、ども |
命令形 | かしづけ | 言い切り |
派生語
- かしづき (名詞) – 大切な世話、養育、奉仕
親のかしづきにあまる。(源氏物語)
(親の(愛情深い)世話が行き届いている。) - かしづき人 (名詞) – 世話役、後見人
🔄 類義語
大切に世話をする・養育する
お仕えする・奉仕する
※「いつくしむ」は神聖視して大切にする、「つかうまつる」は謙譲の意が強い、などニュアンスが異なります。
↔️ 反対の概念
「かしづく」が大切に世話をしたり、献身的に仕えたりすることを意味するため、ぞんざいに扱うこと、無視すること、背くことなどが対極にあると考えられます。
🗣️ 実践的な例文(古文)
この児を心としてかしづき給ふほどに、(源氏物語・桐壺)
【訳】この若君(後の光源氏)を大切なお方として(帝が)大切にお育てになるうちに、
我をばいかで心よくかしづかせ給ふべき人にもあらぬを。(蜻蛉日記)
【訳】私をどうして気持ちよく大切に世話してくださるはずの人でもないのに。
三人の娘の中に、ことにすぐれてかしづき給ふ人ありけり。(伊勢物語)
【訳】三人の娘の中で、特に際立って(親が)大切に育てていらっしゃる人がいた。
この君をば、ゆりの中に寝させてかしづく。(落窪物語)
【訳】この姫君を、寝床(ゆりかご)の中に寝かせて大切に世話をする。
主をうやまひ、かしづきてこそあらめ。(徒然草)
【訳】主人を敬い、お仕えしてこそ(あるべきだろう)。
📝 練習問題
傍線部の「かしづく」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 后の宮をも、ただ人には思したらで、いとねんごろにかしづききこえ給ふ。(源氏物語・桐壺)
解説:
帝が后の宮を「ただ人には思し召さないで(普通の人とはお思いにならず)」、「ねんごろに(丁寧に)」かしづき申し上げるとあります。これは、后の宮を目上の存在として敬い、大切にお世話申し上げる、あるいは大切にお扱い申し上げるという意味です。「きこえ給ふ」は謙譲の補助動詞「きこゆ」と尊敬の補助動詞「給ふ」です。
2. いとは幼き人を父大臣のかしづき給ふ様、世の常ならず。(堤中納言物語・虫めづる姫君)
解説:
父大臣が「いと幼き人(たいそう幼い娘)」を「かしづき給ふ」とあります。目下の者である幼い娘に対してなので、「大切にお育てになる」という意味が適切です。「世の常ならず」で、その育て方が並々ではないことを示しています。
3. 心ばせある人は、主君をかしづき、家を治む。(十訓抄)
解説:
「心ばせある人(心遣いのある人、分別のある人)」が「主君をかしづき」とあります。主君という目上の対象に対してなので、「お仕えし」という意味が適切です。
4. 犬を御前に飼ひ、禄をもくらべ与へなどして、かしづき給ふ。(枕草子・うへにさぶらふ御猫は)
解説:
犬を御前で飼い、官位まで与えて「かしづき給ふ」とあります。ここでは、犬という目下の(あるいはペットとしての)対象を「大切にお世話なさる」という意味が適切です。「給ふ」は尊敬の補助動詞です。
5. 若君をば、姫君のやうにぞかしづき奉りける。(浜松中納言物語)
解説:
若君を「姫君のように」かしづくとあります。これは、男の子である若君をまるで女の子のように大切に、手厚く世話をして育てたという意味です。「奉りける」は謙譲の補助動詞で、養育する相手(ここでは若君の親など)への敬意を示しています。