「帝が民の声を『きこしめし』、神饌を『きこしめし』、天下を『きこしめす』ように、この言葉は高貴な方の行為を敬って表します」
📖 意味と用法
きこしめす(聞こし召す) は、サ行四段活用の動詞で、複数の動詞の尊敬語として用いられる重要な古文単語です。天皇や皇族など、極めて身分の高い方の行為に対して使われる最高敬語の一つです。
- 【お聞きになる】(「聞く」の尊敬語): 高貴な方が何かをお聞きになる。情報を耳にする、という意味合い。
- 【召し上がる】(「食ふ」「飲む」の尊敬語): 高貴な方が食事をなさる、飲み物を飲まれる。
- 【お治めになる・統治なさる】(「治む」「知ろしめす」の尊敬語): 高貴な方が国や領地を治められる、統治なさる。
「きこしめす」が出てきた場合、文脈からどの動詞の尊敬語として使われているのか(聞く、食べる・飲む、治める)を判断することが大切です。主語が誰であるかを確認することも重要なポイントとなります。
お聞きになるの例
帝、この事をきこしめして、いたく驚き給ふ。(竹取物語)
(帝はこのことをお聞きになって、たいそう驚きなさる。)
召し上がるの例
御薬もきこしめさず。(源氏物語)
(お薬も召し上がらない。)
お治めになるの例
天下をきこしめす君。(古今和歌集)
(天下をお治めになる天皇。)
🕰️ 語源と歴史
「きこしめす」は、「聞こし」と尊敬の補助動詞「召す(めす)」が結合した言葉です。「聞こし」は「聞く」の尊敬語「聞こす(きこす)」の連用形です。「召す」はそれ自体が「食べる」「飲む」「着る」「乗る」などの尊敬語であり、また他の動詞の連用形に付いて動作の主を敬う働きもします。
つまり、「聞こし(お聞きになる)」+「召す(~なさる)」で、「お聞きになる」という意味がまず成立しました。その後、「召す」が単独で「召し上がる」という意味を持つことから、「きこしめす」も「召し上がる」という意味で使われるようになりました。さらに、国を「聞く」(人民の声を聞いて政治を行う意から)、「知ろしめす」(お治めになる)の類推から、「お治めになる」という意味も持つようになったと考えられます。
主に平安時代以降、天皇やそれに準ずる高貴な身分の人々の行為を表す最高敬語として用いられました。
📝 活用形と関連語
「きこしめす」の活用(サ行四段活用)
活用形 | 語形 | 接続 |
---|---|---|
未然形 | きこしめさ | ず、む |
連用形 | きこしめし | て、けり、たり |
終止形 | きこしめす | 言い切り、べし、めり |
連体形 | きこしめす | 体言、とき、に |
已然形 | きこしめせ | ば、ども |
命令形 | きこしめせ | 言い切り |
関連語
- きこゆ (ヤ行下二段活用) – 聞こえる、評判になる、申し上げる(謙譲語)
- きこえさす (サ行下二段活用) – 申し上げる(「言ふ」の謙譲語、最高敬語)
- めす(召す) (サ行四段・下二段活用) – お呼びになる、召し上がる、お乗りになる、お召しになる(尊敬語)
- しろしめす(知ろし召す) (サ行四段活用) – お治めになる、お知りになる(尊敬語)
🔄 類義語(本動詞の尊敬語として)
お聞きになる
召し上がる
お治めになる
※「きこしめす」はこれらの中でも特に敬意の高い表現です。
↔️ 対義的な敬語表現
「きこしめす」は最高敬語の一つであるため、直接的な反対語はありません。しかし、動作の方向性や敬意の対象が異なる敬語表現と比較できます。
- 謙譲語: (「聞く」なら)うけたまはる、きこえさす / (「食べる」なら)いただく、たまはる
- 丁寧語: (「聞く」なら)ききます / (「食べる」なら)たべます (※現代語の例)
尊敬語は動作の主体を高め、謙譲語は動作の客体(または聞き手)を高め、丁寧語は聞き手に対して丁寧に表現します。
🗣️ 実践的な例文(古文)
かぐや姫を養ひ奉ること二十はたち余年になりぬ。…帝これらをきこしめして、(竹取物語)
【訳】かぐや姫を養い申し上げること二十年余りになった。…帝はこれらのことをお聞きになって、
内裏にもただ人にて朝餉などきこしめすきこ。(源氏物語・桐壺)
【訳】宮中でも(帝は)臣下と同じように(質素な)朝食などを召し上がる。
大和の国をきこしめしける天皇の御代に。(伊勢物語)
【訳】大和の国をお治めになっていた天皇の御代に。
よき人はあやしきことを語りても、君などのきこしめすには、さしもあらじ。(枕草子)
【訳】身分の高い人は(たとえ)変なことを語っても、主上などが(それを)お聞きになる(という状況)では、そうでもないだろう(変には聞こえないだろう)。
昔の賢き帝の御代にも、天下治まらず、世乱れたることはありけり。それをただ一身の咎ときこしめすべきにもあらず。(徒然草)
【訳】昔の賢帝の御代でも、天下が治まらず、世が乱れたことはあった。それをただ(帝)ご一身の罪とお思いになるべきでもない。
📝 練習問題
傍線部の「きこしめす」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 帝、かの国より奉れる物をきこしめして、喜び給ふ。(宇治拾遺物語)
解説:
「奉れる物を」とあるので、献上された物を「召し上がって」喜ばれたと解釈するのが自然です。食べ物や飲み物である可能性が高い文脈です。
2. 后の宮の御うへのことをきこしめしおどろかせ給ふ。(栄花物語)
解説:
「后の宮の御うへのこと(后の宮様のご容態のこと)」を「きこしめし」て驚かれた、とあるので、「お聞きになって」が適切です。情報を耳にしたという意味です。
3. この君、国きこしめさむこと、疑ひなし。(大鏡)
解説:
「国」を目的語とし、「この君(皇子など)」が主語であることから、国を「お治めになる」という意味が適切です。将来の統治者であることを示唆しています。
4. 主上、夜の御殿に入らせ給ひて、酒などきこしめしけり。(平家物語)
解説:
「酒など」とあることから、主上がお酒などを「召し上がり」になったと解釈するのが適切です。「食ふ・飲む」の尊敬語です。
5. 昔より才ある人の言の葉を集めたる書どもを、常にきこしめす。(十訓抄)
解説:
「才ある人の言の葉を集めたる書どもを」とあるので、書物を「お聞きになる」、つまり「お読みになる」という意味で使われています。「聞く」の尊敬語ですが、書物の内容を理解するという意味合いに広がっています。