「臣下が帝の許へ『まゐり』、帝が食事を『まゐる』ように、この言葉は相手への敬意や身分の高い方の行為を表します」
📖 意味と用法
まゐる(参る) は、ラ行四段活用の動詞で、謙譲語としても尊敬語としても用いられる非常に重要な古文単語です。文脈によってどちらの敬意を表すか、またどの動詞の敬語にあたるかを判断する必要があります。
謙譲語としての用法
- 参上する: (「行く」「来」の謙譲語)身分の低い者から高い者のもとへ行く、参る。宮中や貴人の邸宅へ行く場合に特に用いられる。
- (補助動詞)~してさしあげる、お~申し上げる: (「与ふ」「す」などの謙譲補助動詞)他の動詞の連用形に付いて、その動作を高貴な方に対して行う意を表す。
尊敬語としての用法
- 召し上がる: (「食ふ」「飲む」の尊敬語)高貴な方が食事をなさる、飲み物を飲まれる。
- (貴人が)参上なさる: (「行く」「来」の尊敬語)高貴な方がどこかへいらっしゃる。主に神仏や御陵など、敬うべき場所へ行く場合に用いられる。
- (補助動詞)~なさる、お~になる: (「す」などの尊敬補助動詞)他の動詞の連用形に付いて、その動作を高貴な方が行う意を表す。
「まゐる」の敬語の種類を判断するには、誰から誰への行為か(動作の主体と客体)、文脈、そして「まゐる」が本動詞か補助動詞かなどを総合的に考慮する必要があります。
謙譲語「参上する」の例
宮へまゐりて、御前に候ふ。(枕草子)
(中宮様のところへ参上して、御前にお仕えする。)
謙譲語「~してさしあげる」の例
御文を読みまゐらせむ。(源氏物語)
(お手紙を読んでさしあげよう。)※「まゐらす」は「まゐる」の使役的用法から謙譲の意を強めた形
尊敬語「召し上がる」の例
帝、御膳をまゐる。(竹取物語)
(帝がお食事を召し上がる。)
🕰️ 語源と歴史
「まゐる」の語源は、「参り入る(まゐりいる)」が短縮されたものと考えられています。「参る」は神仏や貴人のもとへ「行く」ことを意味し、「入る」は内に入る意です。このため、元々は貴人のもとへ「参上する」という謙譲の意味が中心でした。
平安時代には、貴人のもとへ物を「持って参上する」ことから、物を「差し上げる」という意味の謙譲補助動詞としても使われるようになりました。さらに、貴人が食事を「する」、何かを「する」という行為自体を敬って言う尊敬語としての用法も生まれました。特に「召し上がる」の意味は、「食ふ」の尊敬語として定着しました。
このように、文脈によって謙譲・尊敬のどちらにも解釈できる多義的な敬語として、古文では非常に重要な単語です。
📝 活用形と関連語
「まゐる」の活用(ラ行四段活用)
活用形 | 語形 | 接続 |
---|---|---|
未然形 | まゐら | ず、む |
連用形 | まゐり | て、けり、たり、き、ます |
終止形 | まゐる | 言い切り、べし、めり |
連体形 | まゐる | 体言、とき、に |
已然形 | まゐれ | ば、ども |
命令形 | まゐれ | 言い切り |
関連語
- まゐらす (サ行下二段活用) – (「まゐる」の使役的用法から)差し上げる、献上する(謙譲語)。「まゐる」よりも謙譲の度合いが強いことが多い。
- まうづ(詣づ) (ダ行下二段活用) – (神仏や貴人のもとへ)参詣する、参上する(謙譲語)。
🔄 類義語(主な用法ごと)
【謙譲語】参上する
【謙譲語】(補助動詞)~してさしあげる
【尊敬語】召し上がる
※「たてまつる」は謙譲・尊敬両方、「きこしめす」は最高敬語など、敬意の度合いや対象が異なります。
↔️ 対義的な表現(通常語)
「まゐる」は敬語であるため、直接的な反対語はありません。代わりに、敬意を含まない通常の動詞が対比されます。
- 謙譲語「参上する」⇔ 行く、来(く)
- 謙譲語「~してさしあげる」⇔ 与ふ、す
- 尊敬語「召し上がる」⇔ 食ふ、飲む
- 尊敬語「参上なさる」⇔ 行く、来(く)
- 尊敬語「~なさる」⇔ す
🗣️ 実践的な例文(古文)
今日は宮にまゐりて、夜ふくるまで候はむ。(枕草子)
【訳】今日は宮中に参上して、夜が更けるまでお仕えしよう。
帝、この酒をまゐりて、詩を作らしめ給ふ。(竹取物語)
【訳】帝はこの酒を召し上がって、詩をお作らせになる。
御格子まゐりて、御物語など奏し給ふ。(源氏物語)
【訳】(女房が帝・中宮などに)御格子を上げてさしあげて、お話などを申し上げなさる。
石清水へ今日まゐる人あり。(徒然草)
【訳】石清水八幡宮へ今日参詣する人がいる。
姫君、この由を聞こえまゐれば、いと心細げなり。(堤中納言物語)
【訳】姫君は、この旨を申し上げる(=お聞きになる、の意)と、たいそう心細そうだ。※「聞こえまゐる」で複合的な敬意を示す
📝 練習問題
傍線部の「まゐる」の現代語訳と敬語の種類として最も適切なものを選んでください。
1. 薬の壺に御文添へてまゐらせ給ふ。(竹取物語)
解説:
薬の壺にお手紙を添えて「まゐらせ給ふ」とあります。「まゐらす」は「差し上げる」という謙譲語で、さらに「給ふ」という尊敬の補助動詞が付いているため、動作主(ここでは帝)を高めつつ、薬の壺と手紙を(かぐや姫に)「差し上げなさる」となります。
2. 北の方は、この年の春、初瀬にまゐりて候ひ給ふ。(更級日記)
解説:
北の方が「初瀬(長谷寺)」へ「まゐり」とあります。神仏のいる場所へ行くのは「参詣する」という意味で、動作主である北の方を高める尊敬語として使われています。「候ひ給ふ」も尊敬です。
3. 日ごろいたくわづらひ給ひて、物もつゆまゐらず。(源氏物語・若紫)
解説:
「いたくわづらひ給ひて(ひどく病気でいらっしゃって)」という状況で、「物もつゆまゐらず(食べ物もまったく~ない)」とあるので、食事をとらないことを意味します。したがって、「召し上がらず」という尊敬語が適切です。
4. 殿にただ今まゐりて、このよし申さむ。(枕草子)
解説:
話し手が「殿(身分の高い方)」のもとへ「まゐりて」この旨を申し上げよう、と言っています。これは話し手から殿への移動を表す謙譲語「参上して」が適切です。
5. 上も渡らせ給ひて、碁などまゐり給ふ。(源氏物語・桐壺)
解説:
主語は「上(帝)」で、「碁など」を「まゐり給ふ」とあります。これは「碁など(を)なさる」という意味の尊敬語です。「す」の尊敬補助動詞としての用法です。