「旅立ちのために食料を『まうけ』、新しい地位を『まうけ』るように、この言葉は必要なものを整え、手に入れることを意味します」
📖 意味と用法
まうく(設く) は、カ行下二段活用の動詞で、主に何かを前もって準備したり、努力して獲得したりする意味を持つ重要な古文単語です。漢字では「設く」や「儲く」と書かれることがあります。
- 【準備・用意】準備する、用意する、設置する: 何かの目的のために、あらかじめ必要な物や場所を整えること。宴会や儀式、戦などの準備に使われることが多い。
- 【獲得・授与】(子や利益などを)得る、手に入れる、授かる: 努力や運によって、子供や財産、地位などを自分のものにすること。また、神仏などから授かる意味も含む。
- 【任命・就任】(官職などに)任命する、就かせる: 特定の役職や地位に人を取り立てること。
「まうく」が使われた場合、文脈から「何を」「何のために」準備・獲得・任命しているのかを正確に読み取ることが重要です。
準備・用意の例
酒宴をまうけて待ち奉る。(竹取物語)
(酒宴を準備して(帝を)お待ち申し上げる。)
獲得・授与の例
願ひ叶ひて男子をまうけたり。(平家物語)
(願いが叶って男の子を授かった。)
任命・就任の例
国司にまうけられて下る。(今昔物語集)
(国司に任命されて(任国へ)下っていく。)
🕰️ 語源と歴史
「まうく」の語源は、はっきりとは分かっていませんが、「間(ま)を置く」という意味から転じたという説や、物を手に入れる意の「儲(まう)く」と関連があるという説があります。「設ける」という漢字が当てられるように、空間や場所を整える、配置するというニュアンスが根本にあると考えられます。
上代から用いられており、当初は場所や物を「設置する」「準備する」という意味が中心的でしたが、次第に努力して何かを手に入れる「獲得する」、さらには子を「授かる」、人を特定の地位に「就かせる」といった意味にも広がっていきました。
📝 活用形と派生語
「まうく」の活用(カ行下二段活用)
活用形 | 語形 | 接続 |
---|---|---|
未然形 | まうけ | ず、む、ば |
連用形 | まうけ | て、けり、たり |
終止形 | まうく | 言い切り、べし、めり |
連体形 | まうくる | 体言、とき、に |
已然形 | まうくれ | ば、ども |
命令形 | まうけよ | 言い切り |
派生語・関連語
- まうけ (名詞) – 準備、用意、設備、宴会、ごちそう
大饗のまうけいかめしうて。(源氏物語)
(盛大な饗宴の準備が厳かで。) - まうけの君 (名詞) – 皇太子、世継ぎ
まうけの君と聞こえ給ふ。(大鏡)
(皇太子と申し上げなさる。)
🔄 類義語
準備する・用意する
得る・手に入れる
※「いそぐ」は急いで準備する、「おこなふ」は儀式などを執り行う意味での準備、「う」は広く何かを得ることを指します。
↔️ 反対の概念
「まうく」が準備や獲得を意味するため、準備しないこと、失うこと、手放すことなどが対極にあると考えられます。
🗣️ 実践的な例文(古文)
館をまうけて、様々の宝を運び入る。(宇治拾遺物語)
【訳】館を準備して(建てて)、様々な宝物を運び入れる。
弓矢を身に添へてまうく。(平家物語)
【訳】弓矢を身から離さずに用意しておく(備えておく)。
后・宮たち遅れ給ひて、皇子たち二人まうけ給へり。(源氏物語・桐壺)
【訳】(帝に)后や女御たちが先立たれなさって、皇子たちを二人お持ちになっていた(授かっていらっしゃった)。
博士をまうけて、御学問せさせ給ふ。(大鏡)
【訳】(家庭教師としての)博士を任命して(用意して)、ご学問をさせなさる。
ただ今一人のみまうけ給へる姫君。(堤中納言物語)
【訳】ただ今一人だけお持ちになっている(授かっていらっしゃる)姫君。
📝 練習問題
傍線部の「まうく」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. かかるわざをし出でむと、かねてよりまうけたるなりけり。(徒然草)
解説:
「かねてより(以前から)」とあり、「かかるわざをし出でむと(このようなことをしでかそうと)」という目的のために行動していることがわかります。したがって、「準備し」が適切です。
2. 大臣の北の方、御年三十にて、初めて男子一人まうけ給へり。(今昔物語集)
解説:
「男子一人」を目的語としており、「初めて」とあることから、子供を授かったという意味になります。「お授かりになっ(た)」が適切です。
3. 弓矢とり持たる者ども、門の左右にまうけて、守らしむ。(保元物語)
解説:
弓矢を持った者たちを「門の左右に」とあるので、守らせるために人員を「配置して」という意味が最も適切です。「準備して」も近いですが、場所が具体的に示されているため「配置して」がより的確です。
4. 公の物なりとも、私の物なりとも、これをまうけむためなり。(方丈記)
解説:
「公の物なりとも、私の物なりとも」とあり、それらを「まうけむため(まうけようとするため)」と述べています。これは、公私に関わらず物を「手に入れる」ためである、という意味になります。
5. この度は、いかにもして敵を討ち奉らんとて、勢をまうけて待ちけるに、(平治物語)
解説:
「敵を討ち奉らんとて(敵を討ち申し上げようとして)」という目的のために「勢ひをまうけて待ちけるに(勢力を準備して待っていたところ)」とあります。ここでは軍勢や戦力を「準備して」という意味が適切です。