「世の無常を感じ、ひたすら仏の道を『おこなふ』。その姿は、古人の精神性を映し出す」
📖 意味と用法
おこなふ(行ふ) は、ハ行四段活用の動詞で、現代語の「行う」と共通する意味もありますが、古文においては特に「仏道修行をする」という意味で用いられることが非常に多い、重要な単語です。
- 【最重要】仏道修行をする、勤行(ごんぎょう)する、お勤めをする: 念仏を唱えたり、経を読んだり、座禅を組んだりするなど、仏教的な実践・修行に励むことを指します。これが古文における「おこなふ」の中心的な意味です。
例:山寺にこもりて、熱心におこなふ。(山寺に籠って、熱心に仏道修行をする。)
- (一般的に)行う、実行する、処理する、執り行う: 現代語の「行う」と同様に、ある行為や物事を実際に行うことを指します。儀式や政務などについて言う場合もあります。
例:勅命を違はずおこなふ。(天皇の命令を違えずに実行する。)
- 治める、政治を行う: 国や領地を統治する、政務を執り行うという意味で使われることもあります。
例:天下を正しくおこなふ。(天下を正しく治める。)
「おこなふ」が出てきた場合、まず「仏道修行をする」という意味を疑い、文脈(特に主語や目的語、場所など)から判断することが重要です。一般動詞としての「行う」の意味で使われる場合は、比較的文脈から判断しやすいでしょう。
① 仏道修行をする の例
山に籠りて、ひたぶるにおこなふ人ありけり。(徒然草)
(山に籠って、ひたすら仏道修行をする人がいたそうだ。)
② 行う、実行する の例
君の仰せ言を、違へずおこなはむ。(竹取物語)
(帝の仰せ言を、違えずに実行しよう。)
① 仏道修行をする の例2
法華経を常におこなふ僧。(今昔物語集)
(法華経を常に読誦し修行する僧。)
🕰️ 語源と歴史
「おこなふ」の語源は、はっきりとはしていませんが、「事(こと)を行ふ」のように、何らかの「事(こと)」を「なす(為す)」という意味合いから来ていると考えられます。元々は広く「物事を行う」という意味で使われていたものが、仏教が日本に伝来し、社会に深く浸透する中で、特に「仏の道に関する行い」、すなわち「仏道修行」や「勤行」を指す言葉として特化していったとされています。
平安時代以降の文学作品では、出家した人々や信仰心の篤い人々が、極楽往生を願って熱心に修行に励む様子を描写する際に頻繁に「おこなふ」が用いられました。そのため、古文読解においては、この仏教的文脈での意味をまず押さえることが非常に重要です。
もちろん、儀式や政務、その他の一般的な行為を「おこなふ」と表現することもありましたが、その頻度や重要度は「仏道修行」の意味に比べると副次的と言えるでしょう。
📝 活用形と派生語
「おこなふ」の活用(ハ行四段活用)
活用形 | 語幹 | 語形 | 接続 |
---|---|---|---|
未然形 | おこな | は | ず、む、ば |
連用形 | ひ | て、けり、たり | |
終止形 | ふ | 言い切り | |
連体形 | ふ | 体言、とき | |
已然形 | へ | ば、ども | |
命令形 | へ | – |
派生語
- おこなひ(行ひ) (名詞)
- 仏道修行、勤行
- 行い、行為、品行
例:日ごろのおこなひの功徳(くどく)。
(日頃の仏道修行の功徳。)
🔄 類義語
仏道修行をする
行う・実行する
※「勤む」は広く「務め励む」の意ですが、仏道に励む場合にも使われます。「なす」「す」はより一般的な「行う」です。
↔️ 反対の概念
「おこなふ」が指す内容によって、対照的な言葉が異なります。
「仏道修行をする」に対して:
「行う・実行する」に対して:
🗣️ 実践的な例文(古文)
比叡の山に児ありけり。桜の散りけるを見て、「いざ、法師ども、寺へ帰りて念仏おこなはむ」と言ふ。(十訓抄)
【訳】比叡山に稚児がいた。桜が散ったのを見て、「さあさあ、法師たちよ、寺へ帰って念仏の修行をしよう」と言う。
帝、国の政を正しくおこなひたまふ。(古今著聞集)
【訳】帝は、国の政治を正しく執り行いなさる。
深き山に入りてぞ、道をおこなひける。(沙石集)
【訳】深い山に入って、仏道を修行したのだった。
博士ども集まりて、文作りのことをおこなふ。(源氏物語)
【訳】学者たちが集まって、漢詩を作ることを行う。
後世を願ひ、ひたすらおこなふ聖の物語。(宇治拾遺物語)
【訳】来世での極楽往生を願い、ひたすら仏道修行をする聖人の物語。
📝 練習問題
傍線部の「おこなふ」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 東山にて、月の出づるまで念仏をおこなひけり。
解説:
「念仏を」とあることから、仏道修行、特にお勤め(勤行)をしていることがわかります。古文における「おこなふ」の最重要の意味です。
2. この宮の御前にて、神楽をおこなふ。(枕草子)
解説:
「神楽を」とあるので、神事である神楽を「執り行う」または「行う」という意味です。ここでは仏道修行の意味ではありません。
3. ただひとへに後世を願ひ、心を澄ましておこなふ人ぞ尊き。(方丈記)
解説:
「後世を願ひ、心を澄まして」という記述から、明らかに「仏道修行をする」という意味です。これが「尊き」と評価されています。
4. 主君の仰せのごとく、万事をおこなひけり。
解説:
「主君の仰せのごとく、万事を」とあるので、主君の命令通りに全ての事柄を「実行し」または「処理し」たという意味です。一般的な行為を指しています。
5. 隠者となりて、岩屋のうちにてぞおこなひける。
解説:
「隠者となりて、岩屋のうちにて」という状況設定から、世俗を離れて「仏道修行をしていた」と解釈するのが最も自然です。