しのぶ(忍ぶ・偲ぶ) (バ行上二段/四段活用動詞)

【忍(上二)】①我慢する ②人目を避ける、隠れる
【偲(四)】③思い慕う、懐かしむ ④賞美する

漢字と活用で意味が異なる重要な多義語。秘めた感情や過去への追憶、隠密な行動などを示す。

「人目を『忍び』て逢う恋も、故人を『偲び』て流す涙も、秘めたる心の深さを映す」

📖 意味と用法

しのぶ は、文脈によって「忍ぶ」と「偲ぶ」の漢字が当てられ、活用の種類も意味も異なる重要な古文単語です。正確な読解のためには、これらの区別が不可欠です。

  1. 【忍ぶ】(バ行上二段活用:しのび・しのび・しのぶ・しのぶる・しのぶれ・しのびよ)
    • 我慢する、こらえる(感情・苦痛などを): 内に湧き上がる感情や苦痛などを表に出さず、じっと堪える様子。
      例:涙をしのびてものも言はず。(涙をこらえて何も言わない。)
    • 人目を避ける、隠れる、秘密にする: 他人に知られないように行動したり、何かを隠したりする様子。
      例:人目をしのびて夜中に参る。(人目を避けて夜中に参詣する。)
  2. 【偲ぶ】(バ行四段活用:しのば・しのび・しのぶ・しのぶ・しのべ・しのべ)
    • 思い慕う、懐かしむ(過去の人や事物を): 過ぎ去った人や時代、場所などを懐かしく思い出したり、恋しく思ったりする心情。
      例:古(いにしへ)をしのぶよすがとぞなる。(昔を思い慕う手がかりとなる。)
    • 賞美する、称賛する(景物や人の美点などを): 美しい景色や優れた人物などを心の中で味わい、その良さを思うこと。
      例:月の光りをしのびて歌を詠む。(月の光の美しさを賞美して歌を詠む。)

「しのぶ」という言葉が出てきたら、まず文脈から「忍ぶ」か「偲ぶ」か、そして活用の種類(上二段か四段か)を判断し、適切な意味を捉えることが重要です。

忍ぶ (我慢する) の例

堪えがたきをしのぶを、忍と謂ふ。(徒然草)

(堪えがたいことを我慢するのを、忍耐と言う。)

忍ぶ (人目を避ける) の例

しのびて物詣でする人。(枕草子)

(人目を忍んで寺社に参詣する人。)

偲ぶ (思い慕う) の例

亡き人をしのぶよすがともなるべきもの。(源氏物語)

(亡き人を思い慕うよすが(手がかり)ともなるべきもの。)

🕰️ 語源と歴史

「しのぶ」の語源は、その意味合いによって異なります。

「忍ぶ」は、元来、外部からの力に耐えたり、身を隠したりする身体的な動作を指したと考えられます。「シ(強意の接頭語か)」+「ヌブ(隠れる、伏せるの意)」などの構成が考えられ、そこから精神的な苦痛や感情を内に抑えこむ「我慢する」という意味や、他者の視線から逃れる「人目を避ける」という意味に発展しました。

一方、「偲ぶ」は、「シ(強意の接頭語か)」+「ノブ(思う、心がなびくの意)」といった構成が考えられ、心が強く対象に向かっていく、思いを馳せるという精神的な働きを表します。ここから、遠く離れた人や過ぎ去った時を懐かしく思う「思い慕う」や、美しいものや優れたものを心に留めて味わう「賞美する」といった意味が生じました。

このように、同じ「しのぶ」という音でも、その背景にある意味の成り立ちと、それに応じた活用の違い(上二段と四段)を理解することが大切です。

📝 活用形と派生語

「忍ぶ」の活用(バ行上二段活用)

活用形 語幹 語形
未然形 しの
連用形
終止形
連体形 ぶる
已然形 ぶれ
命令形 びよ

「偲ぶ」の活用(バ行四段活用)

活用形 語幹 語形
未然形 しの
連用形
終止形
連体形
已然形
命令形

派生語

  • しのび(忍び・偲び) (名詞) – 人目を避けること、秘密、我慢すること、思い慕うこと
    例:しのびの道(人目を忍んで通う道)
  • しのびやか(なり) (形容動詞) – ひそやかなさま、こっそりとしたさま
    例:しのびやかに語らふ。(ひそやかに語り合う。)

🔄 類義語

我慢する・こらえる

こらふ(堪ふ)
つつむ(慎む)

人目を避ける・隠れる

かくる(隠る)
つつむ(包む)

思い慕う・懐かしむ

恋ふ(こふ)
したふ(慕ふ)
なつかしむ

↔️ 反対の概念

「しのぶ」が持つ意味合いによって、対照的な言葉が異なります。

「我慢する」に対して:

あらはす(表す)
なく(泣く)

「人目を避ける」に対して:

あらはる(現る)
みゆ(見ゆ)

「思い慕う」に対して:

うとむ(疎む)
わする(忘る)

🗣️ 実践的な例文(古文)

1

つきやあらぬはるむかしはるならぬひとつはもともとにして
いろえねどやはかくるるうめはなむかしそでしのばるる。(古今和歌集)

【訳】月は(昔の月と)同じではないのだろうか、春は昔の春ではないのだろうか、私自身だけはもとのままの身であって。/(梅の花は)色は見えないけれども香りは隠れるだろうか、いや隠れはしない。昔の(あなたの着物の)袖の香りが自然と思い出されることだ。

意味・活用: 偲ぶ(思い慕う・自然と思い出される)、四段活用(未然形+る)
2

人目ひとめくさかれかれぬるしもみちしのびかよところありけり。(伊勢物語)

【訳】人の目も草も枯れてしまう霜の道を、人目を避けて通う所があった。

意味・活用: 忍ぶ(人目を避ける)、上二段活用
3

今はいまはとてなみだあめるをおもしのぶ今日けふる。(源氏物語)

【訳】(これが最後かと思って)寝る夜の涙が雨のように降るのを思い、じっとこらえている今日の日の暮れてしまったことよ。

意味・活用: 忍ぶ(我慢する・こらえる)、上二段活用
4

はるやみあやなしあやなしうめはないろこそえねやはかくるる
かくかくめでたきめでたきしのばひとやはあらむ。(古今和歌集)

【訳】春の夜の闇はわけがわからない。(闇のせいで)梅の花の色は見えないけれど、その良い香りは隠れるだろうか、いや隠れはしない。/このようにすばらしい香りを賞美しない人がいるだろうか、いやいないだろう。

意味・活用: 偲ぶ(賞美する)、四段活用
5

故郷ふるさとははしのびて、ふみおくる。(更級日記)

【訳】故郷の母を思い慕って、手紙を書いて送る。

意味・活用: 偲ぶ(思い慕う)、四段活用

📝 練習問題

傍線部の「しのぶ」の活用の種類と現代語訳として最も適切なものを選んでください。

1. ものはむとすれば、なみだせきげてしのびあへあへず。(蜻蛉日記)

四段・思い慕うこともできず
上二段・こらえることもできず
四段・賞美することもできず
上二段・人目を避けることもできず

解説:

「涙せき上げて」とあるので、涙を「こらえる」意の「忍ぶ」(上二段活用)です。「~もあへず」は「~しきることもできない」なので、「こらえることもできず」となります。

2. つきかげしのぶひとたもとかな。(源氏物語)

上二段・我慢する
上二段・隠れる
四段・思い慕う(賞美する)
四段・隠す

解説:

月の光景を心に留めて味わい、懐かしむ(思い慕う・賞美する)人の涙で濡れた袂、という美しい情景です。「偲ぶ」(四段活用)が適切です。

3. がくれにでて、ひといへ垣間かいまよりしのびれば、(堤中納言物語)

上二段・人目を避けて
四段・思い慕って
上二段・我慢して
四段・賞美して

解説:

「夜隠れに出でて」「垣間より」という状況から、人に見つからないように「人目を避けて」覗き見ていることがわかります。「忍ぶ」(上二段活用)です。

4. 御子みこ面影おもかげしのばたまふ。(源氏物語)

上二段・我慢させなさる
上二段・隠れさせなさる
四段・思い慕いなさる
四段・賞美させなさる

解説:

亡くなった御子の面影を「思い慕いなさる」という意味です。「偲ぶ」(四段活用)に尊敬の助動詞「す」と補助動詞「給ふ」が付いています。

5. あきつゆれつつむしあきしのぶなみだなりける。(古今和歌集)

四段・(秋の終わりを)思い慕わせる
上二段・我慢させる
四段・賞美させる
上二段・人目を避けさせる

解説:

秋の野で鳴く虫の音が、過ぎゆく秋を「思い慕わせる(しみじみと感じさせる)」涙である、という意味です。「偲ぶ」(四段活用)の連体形が使われています。

古文単語「しのぶ」クイズゲーム(選択問題編)

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