「旅の支度を『したため』、思いを文に『したため』、馳走を心ゆくまで『したため』る。日常の様々な営みと共に」
📖 意味と用法
したたむ(認む) は、マ行下二段活用の動詞で、現代語にはない多様な意味を持つ重要な古文単語です。文脈に応じて的確な意味を把握する必要があります。
- 処理する、整理する、整える、準備する、手配する: 物事をきちんと片付けたり、必要なものを整えたり、手はずを整えたりする意を表します。
例:旅の装束をしたためて出づ。(旅の装束を準備して出発する。)
- 書き記す、記録する、(手紙や和歌などを)書く、作成する: 文字で何かを書き残したり、文章を作成したりする意を表します。
例:思ふことを筆にまかせてしたためたるなり。(思うことを筆にまかせて書き記したのである。)
- 食べる、食事をする: 飲食物を口にする意を表します。やや改まった言い方や、しっかりと食事をとるニュアンスで使われることがあります。
例:夕餉をいそぎしたためて、月の出を待つ。(夕食を急いで食べて、月の出を待つ。)
- 治める、統治する、取り締まる、指図する、命令する: 国や集団を支配したり、人に指示を与えたりする意を表します。
例:国をよくしたためむとす。(国をよく治めようとする。)
「したたむ」が使われている文に遭遇したら、何(目的語)を「したたむ」のか、どのような状況で使われているのかを注意深く見て、上記のどの意味に当てはまるかを判断することが重要です。
① 処理・準備の例
家財をこまごまとしたためて、都をば忍び出でぬ。(平家物語)
(家財を細々と整理して、都をひそかに逃げ出した。)
② 書き記す の例
返り事、急ぎしたためて遣はす。(枕草子)
(返事を急いで書いて送る。)
③ 食べる の例
やがて酒などしたためむとて、出でむとするに、(宇治拾遺物語)
(すぐに酒などを飲もう(食べよう)として、外出しようとすると、)
🕰️ 語源と歴史
「したたむ」の語源は正確にはわかっていませんが、いくつかの説があります。一つは「為(し)+立つ(たつ)」が結合し、物事をしっかりと行う、整えるという意味になったとする説。また、「下(した)+ためる(貯める、集める)」から、物事を下にまとめて整理する、処理するという意味になったとする説などがあります。
元々は物事をきちんと整えたり、処理したりするという意味が中心的であったと考えられます。そこから派生して、食事の用意を整えて「食べる」、文書を整えて「書き記す」、国や組織を整えて「治める」といった多様な意味で用いられるようになったと推測されます。
特に「食べる」という意味は、現代語にはないため注意が必要です。準備を整えてから飲食する、あるいはしっかりと食事をとるといったニュアンスを含むことがあります。「認む」の漢字は、主に「書き記す」や「処理する」といった意味合いの際に当てられることが多いですが、古文ではひらがな表記も一般的です。
📝 活用形と派生語
「したたむ」の活用(マ行下二段活用)
活用形 | 語幹 | 語形 | 接続 |
---|---|---|---|
未然形 | したた | め | ず、む、ば |
連用形 | め | て、けり、たり | |
終止形 | む | 言い切り | |
連体形 | むる | 体言、とき | |
已然形 | むれ | ば、ども | |
命令形 | めよ | – |
派生語
- したため(認) (名詞)
- 準備、支度
- 処理、処置
- 食事、料理
- 手紙、文書
例:旅のしたためを整ふ。(旅の準備を整える。)
🔄 類義語
処理する・準備する・整える
書き記す・書く
食べる
※文脈によって類義語は異なります。「まうく」は準備する、「めす」は「食べる」の尊敬語です。
↔️ 反対の概念
「したたむ」の多義性に応じて、対照的な言葉も複数考えられます。
「処理する・準備する」に対して:
「食べる」に対して:
🗣️ 実践的な例文(古文)
弓矢をしたためて、敵を待つ。(平家物語)
【訳】弓矢を準備して、敵を待つ。
心の中に思ふことを、細やかにしたためて人に遣はす。(源氏物語)
【訳】心の中で思うことを、細やかに書き記して人に送る。
供の者ども、路のほとりにて弁当をしたたむ。(宇治拾遺物語)
【訳】お供の者たちは、道端で弁当を食べる。
その夜の御とぶらひのこと、こまやかにしたためさせ給ふ。(栄花物語)
【訳】その夜のお見舞いのことを、細やかにお手配なさる。
万の事を新たにしたためて、世を治め給ふ。(大鏡)
【訳】すべての事を新たに取り決めなさって、世をお治めになる。
📝 練習問題
傍線部の「したたむ」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 客人のために、様々の物をしたためける。(今昔物語集)
解説:
「客人のために、様々の物を」とあるので、客をもてなすために様々なものを「準備し」または「用意し」たという意味になります。
2. 文をしたためて、使に持たせて遣りけり。(大和物語)
解説:
「文を」とあり、それを「使ひに持たせて遣りけり」と続くので、手紙を「書いて」または「作成して」という意味が最も適切です。
3. いそぎ物などしたためて、客人に勧む。(源氏物語)
解説:
「物など」とあり、「客人に勧む」と続くことから、食事を「用意して」客人にすすめたり、あるいは自分たちも一緒に「食べて」客人にすすめたりする場面と考えられます。「食べる」や「食事を用意する」の意味です。
4. 国司の館にて、公事どもをしたためける間。(今昔物語集)
解説:
「国司の館にて、公事どもを」とあるので、役所での公務を「処理している」または「執り行っている」という意味です。
5. 鎧のほころびをしたためて、出陣す。
解説:
「鎧のほころびを」とあり、その後「出陣す」と続くため、鎧のほころびを「整えて」または「修理して」という意味になります。「準備する」「処理する」の範疇です。