「鐘の音を聞き『すなはち』駆けつける。また、AはBであり、『すなはち』Cであると説く。時と論理を繋ぐ言葉」
📖 意味と用法
すなはち は、主に副詞として用いられ、文と文、語句と語句を接続する働きを持つ重要な古文単語です。現代語の「すなわち」と共通する意味もありますが、古文特有のニュアンスも理解しておく必要があります。主に以下の3つの意味があります。
- 【時間的即時性】すぐに、ただちに、その時すぐさま: ある動作や出来事が間を置かずに起こることを示します。多く「即ち」の字が当てられます。
例:呼ばれて、すなはち参る。(呼ばれて、すぐに参上する。)
- 【換言・説明・同一関係】つまり、とりもなおさず、言い換えれば、まさしくこれこそ: 前の事柄を別の言葉で言い換えたり、それが何であるかを明確に示したりします。「則ち」「乃ち」がよく使われます。
例:これぞ、すなはち本朝の霊仏なり。(これこそが、まさしく我が国の霊験あらたかな仏である。)
- 【順接・因果関係】そこで、そういうわけで、それゆえ: 前の事柄を原因・理由として、後の事柄が結果として起こることを示します。「則ち」「乃ち」が使われることが多いです。
例:雨降りければ、すなはち今日の出発は延期す。(雨が降ったので、そこで今日の出発は延期する。)
「すなはち」が出てきたら、前後の文脈をよく読み、時間的な繋がりなのか、言い換えなのか、原因と結果の関係なのかを判断することが大切です。漢文訓読の影響も受けている言葉です。
① すぐに、ただちに の例
門を開けて、すなはち入りぬ。(竹取物語)
(門を開けて、すぐに(家の中に)入った。)
② つまり、すなわち の例
孝とは、すなはち親によく事ふることなり。(論語 – 架空の文)
(孝とは、つまり親によく仕えることである。)
③ そこで、そういうわけで の例
帝、これを聞き、すなはち涙を流し給ふ。(平家物語)
(帝はこれをお聞きになり、そこで涙をお流しになった。)
🕰️ 語源と歴史
「すなはち」の語源は、「其(そ)の際(きわ)はち(即時・当座の意)」が転じたものとする説や、「其(そ)のままにして」が約まったものとする説などがあります。また、物を直接指し示す「直(すなほ)」に、強めの接尾語「ち」が付いた「すなほち」から来たという説もありますが、意味合いからは前者の説が有力視されています。
元々は、ある事態が起こったその時・その場ですぐに、という時間的・場所的な近接を表す意味合いが強かったと考えられます。そこから、論理的な繋がりにおいても、間を置かずに「つまり」「そういうわけで」といった意味に発展しました。
漢字表記「即ち」「則ち」「乃ち」は、漢文訓読の影響を受けて使われるようになりました。「即」は時間的即時性、「則」は法則性や当然の帰結、「乃」はそこで初めて、といったニュアンスを持つことが多いですが、古文中では必ずしも厳密に使い分けられているわけではありません。
📝 活用と品詞的注意
品詞と活用
「すなはち」は副詞であり、活用はしません。
文中では、動詞や形容詞、または文全体を修飾し、接続詞のような働きをすることが多いのが特徴です。
品詞 | 副詞 |
---|---|
活用 | なし |
使われ方のポイント
- 文頭・文中に置かれる:
例:すなはち、戸を開けた。/戸を開け、すなはち入った。
- 接続詞的役割:
論理関係を示す場合、特に接続詞のように機能します。
- 漢文訓読由来の用法:
漢文訓読では「乃チ(すなわち)」などと読まれ、多様な意味合いで使われます。
🔄 類義語
すぐに・ただちに
つまり・すなわち
そこで・そういうわけで
※「やがて」は「そのまま」「すぐに」の両方の意味があり注意が必要です。
↔️ 対照的な概念
「すなはち」が持つ意味合いに応じて、対照的な言葉が考えられます。
「すぐに」に対して:
「つまり(同一・帰結)」に対して:
直接的な一語の反対語は挙げにくいですが、「あるいは」「もしくは」(選択)、「しかれども」(逆接)などが異なる論理展開を示します。
🗣️ 実践的な例文(古文)
かの木の下に立ち寄りて見れば、筒の中光りたり。すなはち見れば、三寸ばかりなる人いと美しうて居たり。(竹取物語)
【訳】その木の下に立ち寄って見ると、筒の中が光っている。そこで(または、すぐに)見ると、三寸ほどの人がたいそう可愛らしい様子で座っている。
勝らむこと難きを、「いで物見む」と思ひ立つ心、すなはち狂か者なり。(徒然草)
【訳】(これ以上に)優ることは難しいのに、「さあ(何か珍しいものを)見物しよう」と思い立つ心は、つまり狂気の者である。
日も既に晩ぬ。よって風波立つ。すなはち止まりぬ。(土佐日記)
【訳】日もすでに暮れてしまった。そのため風や波が立ってきた。そこで(船旅を)中止した。
薬の壺に不死の薬入れて進る。帝すなはちこれを取りて嘗め給ふ。(竹取物語)
【訳】薬の壺に不死の薬を入れて差し上げる。帝はただちにこれを取っておなめになる。
無常といふは、世の形変はり行く様なり。すなはち、生者必滅の理を示す。(方丈記 – 文意に基づく創作)
【訳】無常というのは、世の様相が移り変わっていく様子である。すなわち、生きているものは必ず滅びるという道理を示すのである。
📝 練習問題
傍線部の「すなはち」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 翁、竹を取るに、この子を見つけて後は、黄金ある竹を見る事重なりぬ。かくて翁、すなはち豊かに成りぬ。(竹取物語)
解説:
黄金のある竹を見つけることが重なった結果、翁が豊かになったという因果関係を示しています。したがって「そこで(その結果)」が適切です。
2. 男、血の涙を流せども、とどむるよしなし。率て行きければ、すなはち人の物に成りにけり。(伊勢物語)
解説:
女が男に連れて行かれると、間を置かずに他の人のものになってしまった、という時間的な即時性を表しています。「すぐに」が最も適切です。
3. 生は寄なり、死は帰なり。寄と帰とは、すなはち仮の宿と古郷とのごとし。(白氏文集 – 故事より)
解説:
「生は寄であり、死は帰である」という前文を受け、「寄と帰とは何か」を「仮の宿と古郷のようなものである」と具体的に言い換えています。したがって「つまり」「とりもなおさず」が適切です。
4. この花見むとて植ゑけむ心こそ、情ありとは見ゆれ。情ありとは、すなはち心深きことなり。 (徒然草より一部改変)
解説:
「情けあり」という言葉の意味を「心深きことなり」と説明し、言い換えています。「すなわち(言い換えれば)」が最も適切です。
5. 敵来たると聞きて、すなはち鎧を着て馳せ向かふ。(平家物語)
解説:
敵が来たと聞いて、間を置かずに鎧を着て駆け向かうという、迅速な行動を表しています。「ただちに・すぐに」が適切です。