「近寄りがたいその態度、闇夜の物音。心が拒む、『うとまし』という感情」
📖 意味と用法
うとまし は、シク活用の形容詞で、人や物事に対して嫌悪感や不快感を抱き、避けたいと思う気持ちを表す重要な古文単語です。動詞「疎む(うとむ)」から派生した言葉です。
- いやだ、好感がもてない、気に食わない、好ましくない:
最も一般的な意味で、対象に対して不快感や反感を抱き、近づきたくない、関わりたくないという感情を示します。例:ただ人の顔ばかり見て過ぐすは、いとうとましきわざなり。(源氏物語)
(ただ人の顔色ばかりうかがって過ごすのは、たいそう気に食わないことである。) - 気味が悪い、薄気味悪い、なんとなく恐ろしい:
対象に対して、生理的な嫌悪感や、説明のつかない不気味さ、恐ろしさを感じる場合に使われます。例:古寺のうとましきけしきに、足もすくむ。(古い寺の気味の悪い様子に、足もすくむ。) - (まれに) 疎遠だ、よそよそしい:
人間関係が親密でなく、距離がある状態を指すこともありますが、この意味では「疎し(うとし)」の方が一般的です。「うとまし」には、より強い感情的なニュアンス(嫌だという気持ち)が含まれることが多いです。例:久しく訪れざれば、ややうとましくなりにけるか。(長らく訪ねていないので、やや疎遠になってしまったのだろうか。)
「うとまし」は、対象に対するネガティブな感情を表す言葉として理解し、文脈からその感情の具体的な内容(単なる不快感か、気味悪さかなど)を読み取ることが重要です。
① いやだ・好感がもてない の例
世の中の、人の上をも、我が身をも、見るに、いとうとましく、おぼつかなきこと多し。(徒然草)
(世の中の、他人の身の上についても、自分の身の上についても、見ていると、たいそういやで、頼りないことが多い。)
② 気味が悪い の例
夜道に物のけだものなどの出で来たるは、いとうとまし。(枕草子 – 架空)
(夜道に化け物などが出てくるのは、たいそう気味が悪い。)
① いやだ・気に食わない の例
いとうとましき人にても、有用の者は捨てがたし。(方丈記)
(たいそう嫌な人であっても、役に立つ者は捨てがたい。)
🕰️ 語源と歴史
「うとまし」の語源は、動詞「疎む(うとむ)」です。「疎む」は、対象を自分から遠ざけたい、関わりを持ちたくないという心理的な距離感や嫌悪感を表す言葉です。この動詞の語幹「うとま」に、状態や性質を表す形容詞を作る接尾語「し」が付いて「うとまし」となりました。
したがって、「うとまし」は、「疎む」という動詞が持つ「嫌って避ける」「よそよそしくする」といった意味合いを背景に持ち、対象に対するネガティブな感情を形容詞として表現する言葉です。
平安時代の文学作品では、人間関係における不快感や、ある状況に対する嫌悪、あるいは超自然的なものに対する気味悪さなど、幅広い文脈で用いられています。現代語の「うっとうしい」「気に食わない」「気味が悪い」といった感覚に近い言葉と言えるでしょう。
📝 活用形と派生語
「うとまし」の活用(形容詞シク活用)
活用形 | 語幹 | 語形 | 接続 |
---|---|---|---|
未然形 | うとま | しく | あら(ず) |
連用形 | しく / しう | て、なり、他の用言 | |
終止形 | うとま | し | 言い切り |
連体形 | しき | 体言、こと、の | |
已然形 | しけれ | ば、ども | |
命令形 | しかれ | (会話などで稀) |
※連用形「うとましう」はウ音便化した形です。
派生語・関連語
- うとむ(疎む) (マ行四段活用動詞) – 嫌って避ける、疎んじる、よそよそしくする
例:人をうとむ心なし。(人を嫌って避ける心がない。)
- うとましげなり (形容動詞ナリ活用) – いやそうな様子だ、気味悪そうな様子だ
例:うとましげなる顔つき。(いやそうな顔つき。)
- うとし(疎し) (形容詞ク活用) – 親しくない、疎遠だ、関係が薄い
例:うとき仲ではない。(疎遠な関係ではない。)
🔄 類義語
いやだ・好感がもてない・気に食わない
気味が悪い・薄気味悪い
↔️ 反対の概念
「うとまし」が嫌悪感や不快感を表すため、好意や親密さを示す言葉が対照的です。
好ましい・魅力的だ
親しい・親密だ
🗣️ 実践的な例文(古文)
人の振る舞ひの、目に立ちて耳に聞こゆるほどのことは、うとましきものなり。(徒然草)
【訳】人の振る舞いで、特に目立って耳に入ってくるようなことは、好感がもてないものである。
かれが顔つき、鬼のやうにて、いとうとまし。(今昔物語集)
【訳】彼の顔つきは、鬼のようで、たいそう気味が悪い。
心にもあらぬ事を強ひられて、いとうとましけれど、力なし。(源氏物語)
【訳】心にもないことを強いられて、たいそういやだけれども、どうしようもない。
長雨いたう降りて、所々道絶え、人の気配もせず、いとうとまし。(更級日記)
【訳】長雨がひどく降って、あちこちで道が途絶え、人の気配もなく、たいそう気味が悪い(心細く、いやな感じだ)。
人の短を言ひ、己が長を述ぶるは、いとうとましき事なり。(徒然草)
【訳】人の短所を言い、自分の長所を述べるのは、たいそう嫌なことである。
📝 練習問題
傍線部の「うとまし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. わづらはしき事ども出で来て、旅の空もうとまし。(源氏物語)
解説:
「わづらはしき事ども出で来て(面倒なことが出てきて)」という状況から、旅の空も「いやだ・好ましくない」と感じていることがわかります。
2. 人の気配もなき古家は、夜はうとましき心地す。(枕草子)
解説:
「人の気配もない古家は、夜は」という状況から、気味の悪さや薄気味悪さを感じていると解釈するのが自然です。
3. 心変りして、旧き友をもうとましう思ふ人もあり。(徒然草)
解説:
心変わりをして、昔の友人のことを「いやに思ったり、疎んじたりする」という意味です。人間関係における嫌悪感や疎遠にしたい気持ちを表します。
4. 長々と続く説教は、聞く者にとりてうとまし。
解説:
長々と続く説教は、聞く者にとっては「いやだ・うんざりだ」と感じられるものです。好感が持てない、というニュアンスです。
5. その所は、昼も人通りなく、夜はましてうとましき雰囲気なりけり。
解説:
昼も人通りがなく、夜はなおさら、という場所の雰囲気について述べているので、「気味の悪い・薄気味悪い」雰囲気が適切です。