現代文読解の秘訣:具体と抽象の区別

なぜ「具体と抽象の区別」が重要なのか?

評論文や論説文では、筆者はあるテーマに対する抽象的な主張や考えを読者に伝えようとします。しかし、抽象的な話だけでは理解が難しいため、具体的な事例やデータ、比喩などを用いて説明を補強します。

読解で大切なのは、以下の点です。

  1. 筆者の中心的なメッセージである「抽象的な主張」を見抜くこと。
  2. 「具体的な説明」が、どの「抽象的な主張」を裏付けるために用いられているのか、その関連性を理解すること。

設問の多くは、この「抽象的な主張」部分の理解度を問います。具体例に目を奪われすぎず、文章全体の構造の中で筆者の真意を掴むことが重要です。

それでは、具体的な問題で見ていきましょう。

問題

次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

現代社会において、伝統工芸はその存続の岐路に立たされていると言えるだろう。大量生産される安価な工業製品が市場に溢れる中で、手間暇をかけて作られる伝統工芸品は、価格競争において不利な立場に置かれがちである。また、職人の高齢化や後継者不足も深刻な問題だ。しかし、一方で、伝統工芸には、その土地の歴史や文化、長年にわたり培われてきた高度な技術、そして作り手の精神性といった、工業製品にはない独自の価値が宿っている。近年、こうした伝統工芸の価値が見直され、現代的なデザインを取り入れたり、異分野の技術と融合させたりすることで、新たな市場を開拓しようとする動きも見られる。例えば、伝統的な染色技術を現代ファッションに応用したり、木工技術を活かして洗練されたインテリア製品を生み出したりする試みだ。重要なのは、伝統の本質的な価値を損なうことなく、現代の生活様式や美的感覚とどのように調和させていくかという点であろう。単に古いものを保存するだけでなく、それを現代に活かし、未来へと繋いでいく創造的な努力が、今まさに求められているのである。

問1 この文章で筆者が最も訴えたいことは何か。次の中から最も適切なものを一つ選びなさい。

伝統工芸は時代遅れであり、現代社会ではその価値を失いつつあるため、保護の必要性は低い。

伝統工芸を保存するためには、国や自治体による大規模な資金援助と職人の待遇改善が不可欠である。

伝統工芸は、その本質的価値を維持しつつ現代のニーズと融合させる創造的な取り組みによって、未来への継承が可能になる。

現代の職人は、伝統的な技法に固執せず、最新技術を積極的に導入して製品を安価に量産すべきである。

解答・解説

正解:ウ (←選択後に表示されます)

1. 本文の分析:具体と抽象の区別

まず、本文を「抽象的な主張・考え」と「具体的な説明・事例」に分けてみましょう。

抽象的な主張・考え(筆者の価値判断や結論):
  • 伝統工芸には、歴史・文化・技術・精神性といった「独自の価値」が宿っている。
  • 重要なのは、「伝統の本質的な価値を損なうことなく、現代の生活様式や美的感覚と調和させる」ことである。
  • 単なる保存ではなく、現代に活かし未来へ繋ぐ「創造的な努力」が求められている。(筆者の最終的な主張)

具体的な説明・事例(現状や取り組み):
  • 伝統工芸が直面する課題:価格競争での不利、職人の高齢化、後継者不足。(現状の具体的問題点)
  • 近年の新たな動き:価値の見直し、現代デザインの導入、異分野技術との融合。(具体的な取り組みの例)
  • 例:染色技術のファッション応用、木工技術のインテリア製品化。(さらに具体的な事例)

構造のポイント:

筆者は、伝統工芸が抱える具体的な課題を提示しつつ、それらが持つ抽象的な価値を強調しています。そして、その価値を未来に繋ぐための抽象的な方向性(創造的な努力と現代との調和)を、具体的な取り組み事例を交えながら示しています。

2. 設問(問1)の解説

設問は「筆者が最も訴えたいこと」を問うており、これは本文中の抽象的な主張・結論部分に対応します。

ア 伝統工芸は時代遅れであり、現代社会ではその価値を失いつつあるため、保護の必要性は低い。

筆者は伝統工芸の「独自の価値」を抽象的に高く評価しており、その価値が見直されているとも述べているため、この選択肢は筆者の主張と矛盾します。

イ 伝統工芸を保存するためには、国や自治体による大規模な資金援助と職人の待遇改善が不可欠である。

これらは伝統工芸が抱える具体的な課題への対策案の一つかもしれませんが、筆者が本文で最も強く訴えている抽象的な結論(創造的努力と現代との調和)とは異なります。本文では、より内発的・創造的な取り組みの重要性が強調されています。

ウ 伝統工芸は、その本質的価値を維持しつつ現代のニーズと融合させる創造的な取り組みによって、未来への継承が可能になる。

この選択肢は、筆者が「重要なのは~」や「~求められているのである」といった形で提示している抽象的な主張・結論と完全に合致しています。「本質的価値の維持(抽象)」と「現代ニーズとの融合(具体への展開)」、「創造的な取り組み(抽象的な行動指針)」というキーワードが筆者の論旨を的確に捉えています。これが正解です。

エ 現代の職人は、伝統的な技法に固執せず、最新技術を積極的に導入して製品を安価に量産すべきである。

筆者は「伝統の本質的な価値を損なうことなく」という抽象的な前提を置いています。この選択肢は、その前提を無視し、具体的な手段(最新技術導入、安価な量産)に偏りすぎており、筆者のバランスの取れた主張とは異なります。

3. まとめ:読解で「具体と抽象」をどう意識するか

抽象的な主張(結論・意見)を探す:

「筆者は結局何が言いたいのか?」を常に意識します。「~べきだ」「重要なのは~だ」「~なのである」といった表現の後に、筆者の抽象的な結論や意見が現れることが多いです。

具体例の役割を理解する:

具体的な事例、データ、体験談などは、抽象的な主張を分かりやすく説明したり、説得力を持たせたりするために用いられます。具体例そのものが筆者の最終的な主張ではないことを見抜きましょう。

両者を結びつけて考える:

「この具体例は、どの抽象的な考えをサポートしているのか?」と、具体と抽象の対応関係を意識することで、文章全体の構造と筆者の論理展開が明確になります。

設問の要求が「抽象」か「具体」かを見極める:

設問が筆者の「主張」や「考え」(抽象)を問うているのか、それとも「具体的な内容」の理解を問うているのかを区別することが大切です。多くの場合、重要なのは前者です。

「具体と抽象の区別」を意識することで、文章の核心を的確に捉え、筆者の真意を深く理解することができます。

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