現代文読解の秘訣:具体と抽象の区別
なぜ「具体と抽象の区別」が重要なのか?
評論文や論説文では、筆者はあるテーマに対する抽象的な主張や考えを読者に伝えようとします。しかし、抽象的な話だけでは理解が難しいため、具体的な事例やデータ、比喩などを用いて説明を補強します。
読解で大切なのは、以下の点です。
- 筆者の中心的なメッセージである「抽象的な主張」を見抜くこと。
- 「具体的な説明」が、どの「抽象的な主張」を裏付けるために用いられているのか、その関連性を理解すること。
設問の多くは、この「抽象的な主張」部分の理解度を問います。具体例に目を奪われすぎず、文章全体の構造の中で筆者の真意を掴むことが重要です。
それでは、具体的な問題で見ていきましょう。
問題
次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
現代社会において、「遊び」はしばしば子供時代特有のもの、あるいは生産性の対極にあるものとして捉えられがちである。仕事や学業といった「真面目な」活動の合間に取る息抜き程度の位置づけに甘んじていることも少なくない。しかし、成人にとっても「遊び」が持つ本質的な意義は、決して軽視されるべきではない。心理学の研究によれば、自発的で、目的や結果に縛られず、それ自体が楽しいと感じられる活動、すなわち「遊び」の要素は、新たな視点や発想を生み出す土壌となる。例えば、趣味の模型製作に没頭する時間、仲間と即興演劇を楽しむひととき、あるいはただ気の向くままに散策すること。これら一見「非生産的」に見える行為の中にこそ、固定観念を打ち破り、創造性を刺激する力が潜んでいるのだ。筆者が強調したいのは、「遊び」を単なる余暇活動として片付けるのではなく、むしろ知的好奇心や探求心を育み、柔軟な思考力や問題解決能力を高めるための重要な精神的栄養素として積極的に生活に取り入れるべきであるということだ。効率や成果が優先される現代だからこそ、このような「遊び」の持つ抽象的な価値を再評価し、意識的にその機会を設けることが、個人の成長のみならず、社会全体の活性化にも繋がるのではないだろうか。
問1 この文章で筆者が最も強く訴えたいことは何か。次の中から最も適切なものを一つ選びなさい。
ア現代社会では仕事や学業が優先され、「遊び」の時間は不必要と見なされている現状がある。
イ心理学の研究により、「遊び」が子供の成長に不可欠であることが科学的に証明されている。
ウ「遊び」は、成人にとって創造性や柔軟な思考を育む重要な要素であり、生活に積極的に取り入れるべき価値を持つ。
エ趣味や散策といった具体的な余暇活動は、仕事のストレスを軽減し、精神的な安定をもたらす効果がある。
解答・解説
1. 本文の分析:具体と抽象の区別
まず、本文を「抽象的な主張・考え」と「具体的な説明・事例」に分けてみましょう。
具体的な説明・事例・現状認識:
- 現代社会で「遊び」は子供のもの、生産性の対極、息抜き程度と捉えられがち。(具体的な現状認識・一般的な見方)
- 心理学の研究:自発的で楽しい活動(遊びの要素)が新たな視点や発想を生む。(研究結果という具体性のある根拠)
- 例:模型製作、即興演劇、散策。(「遊び」の具体的な活動例)
- これら一見「非生産的」に見える行為。(具体的な活動への評価)
抽象的な主張・筆者の結論:
- 成人にとっても「遊び」が持つ本質的な意義は軽視されるべきではない。(筆者の基本的な立場・抽象的な価値提示)
- 「遊び」の要素は、固定観念を打ち破り、創造性を刺激する力を持つ。(遊びがもたらす抽象的な効果)
- 筆者の強調点:「遊び」を単なる余暇ではなく、知的好奇心や探求心を育み、柔軟な思考力や問題解決能力を高める「重要な精神的栄養素」として生活に取り入れるべき。(筆者の中心的な主張・抽象的な行動指針と価値観)
- 「遊び」の持つ「抽象的な価値」を再評価し、意識的に機会を設けることが、個人の成長や社会全体の活性化に繋がる。(主張の意義と広がり・抽象的な効果の敷衍)
構造のポイント:
筆者は、まず「遊び」に対する一般的な具体的な見方(現状認識)を提示し、「しかし」と逆接して「遊び」の本質的な意義(抽象的な価値)を主張します。そして、心理学の研究や具体的な活動例を挙げながら、その抽象的な効果(創造性刺激など)を説明し、最終的に「遊び」を「精神的栄養素」と捉え生活に取り入れるべきだという抽象的な結論へと導いています。
2. 設問(問1)の解説
設問は「筆者が最も強く訴えたいこと」を問うており、これは本文の抽象的な結論・主張部分に対応します。
ア 現代社会では仕事や学業が優先され、「遊び」の時間は不必要と見なされている現状がある。
これは本文冒頭で述べられている具体的な現状認識であり、筆者が問題提起をする上での出発点ですが、筆者が最も強く訴えたい抽象的な結論ではありません。
イ 心理学の研究により、「遊び」が子供の成長に不可欠であることが科学的に証明されている。
本文では心理学の研究に触れていますが、それは「成人にとっても『遊び』が持つ本質的な意義」を説明するための具体的な根拠の一つです。また、筆者の主眼は「成人における遊び」であり、「子供の成長」に限定されていません。これは筆者の抽象的な主張の範囲と異なります。
ウ 「遊び」は、成人にとって創造性や柔軟な思考を育む重要な要素であり、生活に積極的に取り入れるべき価値を持つ。
この選択肢は、筆者が「筆者が強調したいのは~」と明確に述べている抽象的な主張と合致します。「創造性や柔軟な思考を育む(抽象的効果)」、「重要な精神的栄養素(抽象的価値)」、「積極的に生活に取り入れるべき(抽象的行動指針)」という要素が、筆者の訴えたい核心を的確に捉えています。これが正解です。
エ 趣味や散策といった具体的な余暇活動は、仕事のストレスを軽減し、精神的な安定をもたらす効果がある。
趣味や散策は「遊び」の具体的な例として挙げられていますが、筆者の主張は単なるストレス軽減や精神安定といった効果に留まらず、より積極的な「創造性」や「思考力」の育成という抽象的な価値にまで及んでいます。この選択肢は、筆者の主張を限定的に捉えすぎています。
3. まとめ:読解で「具体と抽象」をどう意識するか
筆者の問題意識と主張の核心(抽象)を見抜く:
筆者が何に対して異議を唱え(例:「遊び」が軽視されがちな現状)、何を新しい価値として提示しようとしているのか(例:「遊び」の持つ本質的意義、精神的栄養素としての価値)、その抽象的な論点を把握します。
具体例が抽象的主張をどう支えているか理解する:
具体的な活動例(模型製作、演劇、散策)や研究結果は、筆者の「遊びは創造性を刺激する」といった抽象的な主張を裏付け、読者に納得感を与えるために用いられています。
「しかし」「~べきだ」などの接続表現に注意する:
逆接の接続詞「しかし」の後には、筆者の抽象的な本論が展開されることが多く、「~べきだ」といった表現は筆者の強い主張(抽象的な提言)を示します。
選択肢が抽象レベルで主張と一致するか確認する:
設問が筆者の「最も強く訴えたいこと」を問う場合、単なる具体的な事実の列挙や部分的な効果の指摘に留まる選択肢ではなく、筆者の中心的な抽象的主張や価値観を包括的に捉えた選択肢が正解となります。
具体的な現象や事例から、筆者が伝えたい抽象的なメッセージや普遍的な価値を読み取ることが、深い読解への道です。