現代文読解の秘訣:具体と抽象の区別

なぜ「具体と抽象の区別」が重要なのか?

評論文や論説文では、筆者はあるテーマに対する抽象的な主張や考えを読者に伝えようとします。しかし、抽象的な話だけでは理解が難しいため、具体的な事例やデータ、比喩などを用いて説明を補強します。

読解で大切なのは、以下の点です。

  1. 筆者の中心的なメッセージである「抽象的な主張」を見抜くこと。
  2. 「具体的な説明」が、どの「抽象的な主張」を裏付けるために用いられているのか、その関連性を理解すること。

設問の多くは、この「抽象的な主張」部分の理解度を問います。具体例に目を奪われすぎず、文章全体の構造の中で筆者の真意を掴むことが重要です。

それでは、具体的な問題で見ていきましょう。

問題

次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

人工知能(AI)やゲノム編集といった具体的な科学技術の急速な発展は、医療、産業、日常生活のあらゆる場面で、かつて想像もできなかったほどの便益をもたらしつつある。病気の早期発見や治療法の開発、生産性の飛躍的な向上、より快適で便利な生活の実現など、その可能性は計り知れない。しかし、これらの技術は同時に、プライバシーの侵害、雇用の不安定化、遺伝情報の格差拡大、さらには生命倫理に関わる根本的な問いといった、深刻かつ抽象的な倫理的課題をも私たちに突きつけている。これらの課題は、単に技術的な問題として専門家のみが対処すれば済むものではない。なぜなら、その影響は社会全体に及び、私たちの価値観や人間観そのものを揺るがしかねないからだ。したがって、私たちは、科学技術の進歩を無批判に受け入れるのではなく、それがもたらす光と影の両側面を冷静に見つめ、社会の構成員一人ひとりが当事者として議論に参加し、人間中心の価値観に基づいた社会的なルールや合意形成を粘り強く追求していく必要がある。この抽象的な努力こそが、技術と人間が調和した未来を築くための不可欠な道筋となるだろう。

問1 この文章で筆者が最も強く訴えたいことは何か。次の中から最も適切なものを一つ選びなさい。

AIやゲノム編集などの科学技術は、医療や産業に多大な便益をもたらすため、その発展を最優先すべきである。

科学技術の進歩が引き起こすプライバシー侵害や生命倫理などの倫理的課題は、専門家による厳格な規制によって解決されるべきである。

科学技術の恩恵と倫理的課題の両面を認識し、人間中心の価値観に基づいた社会的な合意形成を社会全体で追求していくべきである。

現代社会では科学技術が急速に進歩しているため、個人は常に最新情報を学び、技術を使いこなす能力を身につける必要がある。

解答・解説

正解:ウ (←選択後に表示されます)

1. 本文の分析:具体と抽象の区別

まず、本文を「抽象的な主張・考え」と「具体的な説明・事例」に分けてみましょう。

具体的な要素(科学技術の現状と課題):
  • AIやゲノム編集といった科学技術の発展。(具体的な技術名)
  • 医療、産業、日常生活での具体的な便益:病気の早期発見、生産性向上、快適な生活。(具体的な恩恵の例)
  • 具体的な倫理的課題:プライバシー侵害、雇用不安定化、遺伝情報格差、生命倫理問題。(具体的な問題点)

抽象的な要素(筆者の主張と結論):
  • これらの技術は「深刻かつ抽象的な倫理的課題」を突きつける。(課題の抽象的な性質)
  • 課題は専門家のみで対処できるものではなく、社会全体に関わり、価値観や人間観を揺るがす。(問題の抽象的な影響範囲と深刻さ)
  • したがって、技術の光と影の両面を見つめ、社会構成員が議論に参加し、「人間中心の価値観に基づいた社会的なルールや合意形成」を追求する必要がある。(筆者の中心的な主張・抽象的な行動指針)
  • この「抽象的な努力」が、技術と人間が調和した未来を築く道筋となる。(結論・抽象的な理想)

構造のポイント:

筆者は、まずAIやゲノム編集といった具体的な科学技術とその具体的な便益を提示します。「しかし」と転換し、それらが引き起こすプライバシー侵害などの具体的な倫理的課題を挙げつつ、それらを「深刻かつ抽象的な倫理的課題」と捉え直します。そして、「したがって」と続け、専門家だけでなく社会全体で議論し、「人間中心の価値観に基づいた社会的な合意形成」という抽象的なプロセスを追求すべきだと結論付けています。

2. 設問(問1)の解説

設問は「筆者が最も強く訴えたいこと」を問うており、これは本文の抽象的な結論・主張部分に対応します。

ア AIやゲノム編集などの科学技術は、医療や産業に多大な便益をもたらすため、その発展を最優先すべきである。

筆者は科学技術の具体的な便益を認めていますが、「しかし」と続けて倫理的課題を指摘し、「無批判に受け入れるのではなく」と述べています。この選択肢は技術の肯定的な側面のみを強調しており、筆者の抽象的な懸念やバランスの取れた視点を欠いています。

イ 科学技術の進歩が引き起こすプライバシー侵害や生命倫理などの倫理的課題は、専門家による厳格な規制によって解決されるべきである。

筆者は倫理的課題を「専門家のみが対処すれば済むものではない」と明確に否定し、「社会の構成員一人ひとりが当事者として議論に参加し」と述べています。この選択肢は、筆者の抽象的な問題解決の主体に関する主張と矛盾します。

ウ 科学技術の恩恵と倫理的課題の両面を認識し、人間中心の価値観に基づいた社会的な合意形成を社会全体で追求していくべきである。

この選択肢は、筆者が「したがって」以降で展開している抽象的な主張の核心(光と影の両面を見つめる、社会全体での議論、人間中心の価値観に基づく合意形成の追求)を的確にまとめています。これが正解です。

エ 現代社会では科学技術が急速に進歩しているため、個人は常に最新情報を学び、技術を使いこなす能力を身につける必要がある。

個人の情報収集や能力開発も重要かもしれませんが、筆者が本文で最も強く訴えているのは、そのような具体的な個人の努力よりも、社会全体として倫理的課題にどう向き合うかという、より抽象的で広範なレベルでの合意形成のプロセスです。

3. まとめ:読解で「具体と抽象」をどう意識するか

「具体例」から「抽象的な課題認識」への移行を捉える:

筆者は具体的な技術(AI、ゲノム編集)とその具体的な便益・問題点を挙げた後、それらを「深刻かつ抽象的な倫理的課題」として一般化・抽象化しています。この論理の飛躍(あるいは深化)がポイントです。

「したがって」「~必要がある」などの結論誘導表現に注目:

これらの表現の後には、筆者の抽象的な主張や提言が述べられることが多いです。本文では「社会的なルールや合意形成を粘り強く追求していく必要がある」がそれに当たります。

筆者が提示する「価値観」や「理念」(抽象)を把握する:

「人間中心の価値観」「技術と人間が調和した未来」といった抽象的な理念は、筆者の主張の根底にある重要な要素です。

選択肢が具体的すぎるか、抽象的すぎないか、バランスを見る:

筆者の主張は、具体的な現実を踏まえつつも、それを超えた抽象的な理念や行動指針を提示しています。選択肢がどちらか一方に偏りすぎていないか、筆者の議論全体の射程をカバーしているかを確認しましょう。

具体的な技術や社会現象の分析を通じて、筆者がどのような抽象的な問題意識を持ち、どのような理念的解決を求めているのかを読み解くことが、現代社会を論じる文章の読解では特に重要です。

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