現代文読解の秘訣:具体と抽象の区別

なぜ「具体と抽象の区別」が重要なのか?

評論文や論説文では、筆者はあるテーマに対する抽象的な主張や考えを読者に伝えようとします。しかし、抽象的な話だけでは理解が難しいため、具体的な事例やデータ、比喩などを用いて説明を補強します。

読解で大切なのは、以下の点です。

  1. 筆者の中心的なメッセージである「抽象的な主張」を見抜くこと。
  2. 「具体的な説明」が、どの「抽象的な主張」を裏付けるために用いられているのか、その関連性を理解すること。

設問の多くは、この「抽象的な主張」部分の理解度を問います。具体例に目を奪われすぎず、文章全体の構造の中で筆者の真意を掴むことが重要です。

それでは、具体的な問題で見ていきましょう。

問題

次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

近年、「市民科学(シチズンサイエンス)」と呼ばれる取り組みが世界的に広がりを見せている。これは、専門の研究者だけでなく、一般市民が科学的なデータ収集や分析、あるいは新たな問いの発見に主体的に参加する活動を指す。例えば、特定の地域に生息する蝶の種類や数を継続的に観察・記録するプロジェクト、あるいは天文学者が公開した膨大な宇宙望遠鏡の画像から新たな天体を発見する試みなどが、その具体的な実践例として挙げられる。これらの活動は、広範囲かつ長期的なデータ収集を可能にし、専門家だけでは手が回らない研究領域の進展に貢献する。しかし、市民科学の意義は、単に科学研究の効率化やデータ量の増大といった具体的な成果に留まるものではない。より本質的には、市民が科学のプロセスに直接関わることを通じて、科学的思考力や批判的吟味の能力を養い、科学に対する理解と関心を深めるという教育的・啓発的な側面を持つ。さらに、地域社会が抱える環境問題などに対し、市民自らが科学的知見に基づいて解決策を探る動きへと繋がる可能性も秘めている。もちろん、データの質や信頼性の確保、参加者の動機付けの維持といった課題も存在するが、それらを乗り越える工夫を重ねることで、市民科学は、専門家と市民が協働し、社会全体の科学リテラシーを高め、より開かれた科学を実現するための重要な手段となり得るのである。

問1 この文章で筆者が最も強調している「市民科学」の意義は何か。次の中から最も適切なものを一つ選びなさい。

蝶の観察記録や天体画像の分析など、市民が参加できる具体的な科学プロジェクトが増加していること。

専門家だけでは困難な広範囲・長期的なデータ収集を可能にし、科学研究の効率を大幅に向上させること。

市民が科学プロセスへの参加を通じて科学リテラシーを高め、専門家と協働してより開かれた科学を実現する手段となり得ること。

市民科学プロジェクトにおけるデータの質や信頼性を確保し、参加者のモチベーションを維持するための具体的な方策を確立すること。

解答・解説

正解:ウ (←選択後に表示されます)

1. 本文の分析:具体と抽象の区別

まず、本文を「抽象的な主張・考え」と「具体的な説明・事例」に分けてみましょう。

具体的な要素(市民科学の現象と実践):
  • 市民科学の定義:一般市民が科学的活動に主体的に参加する。(概念の定義)
  • 具体的な実践例:蝶の観察記録、宇宙望遠鏡画像の分析。(市民科学の具体的なプロジェクト例)
  • 具体的な成果1:広範囲・長期的なデータ収集が可能になり、研究進展に貢献。(科学研究への具体的な貢献)
  • 具体的な課題:データの質・信頼性確保、参加者の動機付け維持。(運営上の具体的な課題)

抽象的な要素(市民科学の本質的意義と筆者の主張):
  • 市民科学の意義は、単に研究効率化やデータ増大(具体的成果)に留まらない。(筆者の問題提起・抽象的価値への導入)
  • より本質的には、市民の科学的思考力・批判的吟味能力の養成、科学への理解・関心の深化という「教育的・啓発的な側面」を持つ。(市民科学の抽象的な教育的価値)
  • 地域社会の環境問題解決へ市民が科学的知見に基づき取り組む可能性も秘める。(市民科学の抽象的な社会的価値)
  • 課題を乗り越えることで、市民科学は、専門家と市民が協働し、「社会全体の科学リテラシーを高め、より開かれた科学を実現するための重要な手段」となり得る。(筆者の最も強く主張したい市民科学の抽象的な可能性・結論)

構造のポイント:

筆者は、まず「市民科学」という具体的な取り組みとその事例、直接的な成果を紹介します。「しかし」と転換し、その意義は具体的な成果に留まらないと述べ、より本質的で抽象的な価値(教育的・啓発的側面、社会全体の科学リテラシー向上、開かれた科学の実現)を強調しています。そして、具体的な課題に触れつつも、それを克服することで市民科学が持つ抽象的な可能性が実現すると結論付けています。

2. 設問(問1)の解説

設問は「筆者が最も強調している『市民科学』の意義」を問うており、これは本文中で筆者が「より本質的には」や結論部分で提示している抽象的な価値や可能性に対応します。

ア 蝶の観察記録や天体画像の分析など、市民が参加できる具体的な科学プロジェクトが増加していること。

これは市民科学の具体的な実践例であり、筆者が最も強調している「意義」という抽象的なレベルの話ではありません。現状認識の一部です。

イ 専門家だけでは困難な広範囲・長期的なデータ収集を可能にし、科学研究の効率を大幅に向上させること。

これは市民科学がもたらす具体的な成果の一つとして本文で認められていますが、筆者は「市民科学の意義は、単に~に留まるものではない」と述べ、これよりも本質的で抽象的な意義を強調しています。

ウ 市民が科学プロセスへの参加を通じて科学リテラシーを高め、専門家と協働してより開かれた科学を実現する手段となり得ること。

この選択肢は、筆者が「より本質的には~教育的・啓発的な側面を持つ」「社会全体の科学リテラシーを高め、より開かれた科学を実現するための重要な手段となり得る」と述べている抽象的な意義と可能性を的確に捉えています。これが正解です。

エ 市民科学プロジェクトにおけるデータの質や信頼性を確保し、参加者のモチベーションを維持するための具体的な方策を確立すること。

これは市民科学が抱える具体的な課題であり、筆者が強調している「意義」そのものではありません。課題の克服は重要ですが、設問は意義を問うています。

3. まとめ:読解で「具体と抽象」をどう意識するか

「単に~に留まらない」「より本質的には」に注目:

筆者が具体的な事象や表面的な理解から、より深く抽象的な本質へと議論を進める際によく使われる表現です。

具体例が示す抽象的な価値を読み取る:

蝶の観察や天体発見といった具体的な活動が、単なるデータ収集を超えて、参加者の「科学的思考力養成」や「科学への関心向上」といった抽象的な教育的価値にどう繋がるのか、筆者の説明を追います。

筆者の最終的な結論(抽象的な可能性)を把握する:

本文の最後で述べられる「社会全体の科学リテラシー向上」「より開かれた科学の実現」といった抽象的な目標や理想が、筆者の最も伝えたいメッセージであることが多いです。

選択肢の抽象度と本文の主張のレベルを照合する:

設問が「最も強調している意義」を問う場合、具体的な活動内容や直接的な成果を述べる選択肢よりも、それらを通じて実現されるより高次の抽象的な価値や可能性を述べる選択肢が正解になりやすいです。

具体的な取り組みの紹介から、筆者がどのような抽象的な社会的意義や未来への展望を見出しているのかを読み解くことが、現代的なテーマを扱う文章の読解では重要になります。

© 2025 oretan – 実践現代国語:練習問題11