現代文読解の秘訣:具体と抽象の区別

なぜ「具体と抽象の区別」が重要なのか?

評論文や論説文では、筆者はあるテーマに対する抽象的な主張や考えを読者に伝えようとします。しかし、抽象的な話だけでは理解が難しいため、具体的な事例やデータ、比喩などを用いて説明を補強します。

読解で大切なのは、以下の点です。

  1. 筆者の中心的なメッセージである「抽象的な主張」を見抜くこと。
  2. 「具体的な説明」が、どの「抽象的な主張」を裏付けるために用いられているのか、その関連性を理解すること。

設問の多くは、この「抽象的な主張」部分の理解度を問います。具体例に目を奪われすぎず、文章全体の構造の中で筆者の真意を掴むことが重要です。

それでは、具体的な問題で見ていきましょう。

問題

次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

歴史を学ぶ際、個々の出来事や英雄譚といった「物語」の魅力に引き込まれることは多い。特定の人物の劇的な生涯や、ある戦いの劇的な展開といった具体的なエピソードは、歴史への興味を喚起し、記憶に残りやすいという点で教育的価値を持つ。しかし、歴史教育が単なる物語の消費に終始してしまうならば、それは大きな問題を含んでいる。なぜなら、歴史とは無数の要因が複雑に絡み合って展開するものであり、一面的な物語化は、しばしばその複雑性や多角的な視点を覆い隠してしまうからだ。例えば、ある「英雄」の活躍譚は、その裏で犠牲になった人々の存在や、社会構造が抱える矛盾といったより大きな文脈を見えにくくするかもしれない。真の歴史理解とは、個々の物語の面白さを入り口としつつも、それらを相対化し、史料に基づく客観的な分析や多様な解釈の可能性を探求する知的な営みであるべきだ。つまり、具体的な物語(ミクロな視点)と、それを取り巻く時代背景や構造(マクロな視点)、そしてそこから導き出される教訓や歴史観(抽象的な意義)とを往還し、バランスを取ることが、私たちに過去を深く理解させ、未来への洞察を与えるのである。

問1 この文章で筆者が最も重要だと考えている歴史理解の方法はどのようなものか。次の中から最も適切なものを一つ選びなさい。

歴史上の英雄譚や劇的なエピソードをできるだけ多く記憶し、物語として楽しむこと。

特定の歴史的人物や出来事の一面的な物語化を避け、客観的な史実のみを重視すること。

具体的な歴史エピソードを興味の入り口としつつ、客観的分析や多様な解釈を通じて、より大きな文脈や抽象的な意義を理解しようと努めること。

歴史から得られる教訓を最優先し、現代社会の問題解決に直接役立つ知識だけを選択的に学ぶこと。

解答・解説

正解:ウ (←選択後に表示されます)

1. 本文の分析:具体と抽象の区別

まず、本文を「抽象的な主張・考え」と「具体的な説明・事例」に分けてみましょう。

具体的な要素(歴史の「物語」とその問題点):
  • 歴史上の出来事や英雄譚といった「物語」。(具体的な歴史の語り口)
  • 特定の人物の劇的な生涯、戦いの劇的な展開。(具体的なエピソードの例)
  • これらは興味喚起や記憶定着に役立つ。(物語の具体的な教育的価値)
  • しかし、一面的な物語化は複雑性や多角的視点を覆い隠す。(物語の具体的な問題点)
  • 例:英雄譚が犠牲者や社会構造の矛盾を見えにくくする。(問題点の具体的な例証)

抽象的な要素(真の歴史理解と筆者の主張):
  • 歴史とは無数の要因が複雑に絡み合って展開するもの。(歴史の抽象的な性質)
  • 真の歴史理解とは、物語を相対化し、史料に基づく客観的分析や多様な解釈の可能性を探求する知的な営みであるべき。(筆者の考える歴史理解の抽象的な理想像)
  • 具体的な物語(ミクロ)と、時代背景・構造(マクロ)、そして教訓・歴史観(抽象的意義)とを往還し、バランスを取ること。(筆者の主張する歴史理解の抽象的な方法論)
  • このバランスが過去を深く理解させ、未来への洞察を与える。(バランスの取れた歴史理解がもたらす抽象的な価値)

構造のポイント:

筆者は、歴史学習における具体的な「物語」の魅力と価値を認めつつ、「しかし」と転換し、それが孕む具体的な問題点を指摘します。その上で、「真の歴史理解」とは何かという抽象的な理想を提示し、最終的に「物語(具体)」と「文脈・構造・教訓・歴史観(抽象)」のバランスを取るという抽象的な方法論の重要性を結論付けています。

2. 設問(問1)の解説

設問は「筆者が最も重要だと考えている歴史理解の方法」を問うており、これは本文の抽象的な結論・主張部分に対応します。

ア 歴史上の英雄譚や劇的なエピソードをできるだけ多く記憶し、物語として楽しむこと。

筆者は「物語」の魅力を認めつつも、それが「単なる物語の消費に終始してしまうならば、それは大きな問題を含んでいる」と述べています。この選択肢は、歴史理解の具体的な側面(物語)に偏っており、筆者の抽象的な懸念を考慮していません。

イ 特定の歴史的人物や出来事の一面的な物語化を避け、客観的な史実のみを重視すること。

筆者は「客観的な分析」の重要性を説いていますが、「物語の面白さを入り口としつつも」と述べており、物語性を完全に排除することを推奨しているわけではありません。この選択肢は、抽象的な客観性に偏り、筆者が求める「バランス」を欠いています。

ウ 具体的な歴史エピソードを興味の入り口としつつ、客観的分析や多様な解釈を通じて、より大きな文脈や抽象的な意義を理解しようと努めること。

この選択肢は、筆者が本文の結論部分で「つまり、具体的な物語(ミクロな視点)と、それを取り巻く時代背景や構造(マクロな視点)、そしてそこから導き出される教訓や歴史観(抽象的な意義)とを往還し、バランスを取ること」と述べている抽象的な方法論と完全に合致しています。「興味の入り口(具体)」と「大きな文脈や抽象的な意義の理解(抽象)」のバランスが筆者の主張の核心です。これが正解です。

エ 歴史から得られる教訓を最優先し、現代社会の問題解決に直接役立つ知識だけを選択的に学ぶこと。

筆者は歴史理解が「未来への洞察を与える」という抽象的な価値に触れていますが、「教訓を最優先」し「直接役立つ知識だけを選択的に学ぶ」という功利的な姿勢を主張しているわけではありません。これは筆者の抽象的な歴史観の全体像を捉えていません。

3. まとめ:読解で「具体と抽象」をどう意識するか

導入の具体例と筆者の本論(抽象)を区別する:

筆者はしばしば、読者の興味を引くために具体的なエピソードや一般的な見解から話を始めますが、その後に「しかし」「真の~とは」といった言葉で本論(抽象的な主張)へと転換します。

「なぜなら」「つまり」などの論理マーカーに注目する:

「なぜなら」は理由(しばしば具体的な問題点や抽象的な根拠)を示し、「つまり」は要約や言い換え(抽象的な結論を導く)に使われます。これらが具体と抽象の橋渡しをします。

筆者が提唱する「バランス」や「往還」の視点(抽象)を捉える:

本文のように、筆者が二つの要素(具体と抽象、ミクロとマクロなど)を対比させ、その両者のバランスや相互作用の重要性を説く場合、その「バランスを取る」という考え方自体が抽象的な主張の核心であることが多いです。

選択肢が具体的過ぎたり、抽象的過ぎたりしないか吟味する:

筆者の主張が具体と抽象のバランスを求めている場合、選択肢がどちらか一方に極端に偏っているものは不適切である可能性が高いです。

具体的な事象を深く掘り下げ、そこから普遍的・抽象的な意味や方法論を引き出す筆者の思考プロセスを追体験することが、読解力を高めます。

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