現代文読解の秘訣:具体と抽象の区別

なぜ「具体と抽象の区別」が重要なのか?

評論文や論説文では、筆者はあるテーマに対する抽象的な主張や考えを読者に伝えようとします。しかし、抽象的な話だけでは理解が難しいため、具体的な事例やデータ、比喩などを用いて説明を補強します。

読解で大切なのは、以下の点です。

  1. 筆者の中心的なメッセージである「抽象的な主張」を見抜くこと。
  2. 「具体的な説明」が、どの「抽象的な主張」を裏付けるために用いられているのか、その関連性を理解すること。

設問の多くは、この「抽象的な主張」部分の理解度を問います。具体例に目を奪われすぎず、文章全体の構造の中で筆者の真意を掴むことが重要です。

それでは、具体的な問題で見ていきましょう。

問題

次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

「幸福」とは何かという問いは、古来より多くの哲学者や思想家を悩ませてきた。現代社会においても、人々の幸福追求への関心は高く、様々な指標を用いて幸福度を測定しようとする試みがなされている。例えば、国民総所得(GNI)や平均寿命、失業率といった客観的なデータは、ある社会の豊かさや安定度を示す具体的な指標として参照されることが多い。また、個人の健康状態や学歴、社会的地位なども、幸福を構成する具体的な要素としてしばしば挙げられる。しかし、これらの客観的・具体的な指標が高い値を示したとしても、そこに住む人々が必ずしも幸福を感じているとは限らない。むしろ、物質的な豊かさの追求が一段落した社会では、主観的な満足感や生きがい、良好な人間関係、自己実現といった内面的な側面の重要性が増してくる。筆者が考えるに、真のウェルビーイング(持続的な幸福)とは、客観的な生活条件の整備という土台の上に、個々人が自らの価値観に基づいて主体的に意味や喜びを見出していくという、より抽象的で個人的なプロセスが加わって初めて実現されるのではないだろうか。単に外部から与えられる「幸福の条件」を満たすこと以上に、自らの内側から湧き出る「幸福感」を育む力こそが、現代における幸福論の核心をなすと言える。

問1 この文章で筆者が最も重要だと考えている「真のウェルビーイング(持続的な幸福)」に至る道筋はどのようなものか。次の中から最も適切なものを一つ選びなさい。

国民総所得や平均寿命、個人の学歴や社会的地位といった客観的な指標を最大限に高めること。

客観的な生活条件を整えた上で、個人が主体的に意味や喜びを見出し、内面的な幸福感を育んでいくこと。

物質的な豊かさを追求するよりも、主観的な満足感や生きがい、良好な人間関係を最優先に考えること。

社会全体で幸福度を測定するためのより精緻な客観的指標を開発し、それに基づいて政策を推進すること。

解答・解説

正解:イ (←選択後に表示されます)

1. 本文の分析:具体と抽象の区別

まず、本文を「抽象的な主張・考え」と「具体的な説明・事例」に分けてみましょう。

具体的な要素(幸福に関する客観的指標):
  • 幸福度測定の試みで用いられる客観的データ:国民総所得(GNI)、平均寿命、失業率。(社会レベルの具体的な指標)
  • 幸福を構成するとされる具体的な要素:個人の健康状態、学歴、社会的地位。(個人レベルの具体的な指標)
抽象的な要素(幸福の本質と筆者の主張):
  • 客観的・具体的指標が高くても、人々が必ずしも幸福を感じるとは限らない。(客観的指標の限界という抽象的な問題提起)
  • 物質的豊かさ追求が一段落した社会では、「主観的な満足感、生きがい、良好な人間関係、自己実現」といった「内面的な側面」(抽象的な幸福要素)の重要性が増す。
  • 筆者の考える真のウェルビーイング:客観的な生活条件(具体的土台)の上に、個々人が価値観に基づき「主体的に意味や喜びを見出していくという、より抽象的で個人的なプロセス」が加わって実現される。(筆者の中心的な主張・具体と抽象の統合)
  • 単に外部から与えられる「幸福の条件」(具体)を満たす以上に、自らの内側から湧き出る「『幸福感』を育む力」(抽象的な能力)こそが現代幸福論の核心。(結論・抽象的な能力の重視)

構造のポイント:

筆者は、まず幸福を測るための具体的な客観的指標を挙げ、それらの一定の役割を認めます。「しかし」と転換し、それだけでは真の幸福は測れないという抽象的な問題意識を示し、次に「主観的な満足感」などの抽象的な内面的側面の重要性を指摘します。最終的に、「筆者が考えるに」と続け、具体的な客観的条件を土台としつつも、個人が「主体的に意味や喜びを見出す」という抽象的なプロセスと、「幸福感を育む力」という抽象的な能力こそが真のウェルビーイングの鍵であると結論付けています。

2. 設問(問1)の解説

設問は「筆者が最も重要だと考えている『真のウェルビーイング(持続的な幸福)』に至る道筋」を問うており、これは本文の抽象的な結論・主張部分に対応します。

ア 国民総所得や平均寿命、個人の学歴や社会的地位といった客観的な指標を最大限に高めること。

これらは筆者が「客観的・具体的な指標」として挙げていますが、「これらの客観的・具体的な指標が高い値を示したとしても、そこに住む人々が必ずしも幸福を感じているとは限らない」と述べており、これのみを最重要視しているわけではありません。筆者の抽象的な幸福観の一部ではありますが、全体ではありません。

イ 客観的な生活条件を整えた上で、個人が主体的に意味や喜びを見出し、内面的な幸福感を育んでいくこと。

この選択肢は、筆者が「真のウェルビーイング(持続的な幸福)とは、客観的な生活条件の整備という土台の上に、個々人が自らの価値観に基づいて主体的に意味や喜びを見出していくという、より抽象的で個人的なプロセスが加わって初めて実現される」「自らの内側から湧き出る『幸福感』を育む力こそが~核心をなす」と述べている抽象的な主張と完全に合致しています。「客観的条件(具体)」と「主体的・内面的な幸福感の育成(抽象)」の統合が筆者の論旨です。これが正解です。

ウ 物質的な豊かさを追求するよりも、主観的な満足感や生きがい、良好な人間関係を最優先に考えること。

筆者は主観的な側面の重要性を強調していますが、「客観的な生活条件の整備という土台の上」とも述べており、客観的条件を完全に無視して主観面のみを最優先するとは言っていません。この選択肢は、筆者の抽象的なバランス感覚からやや偏っています。

エ 社会全体で幸福度を測定するためのより精緻な客観的指標を開発し、それに基づいて政策を推進すること。

筆者は具体的な客観的指標の限界を指摘しており、より精緻な指標開発が最も重要だと主張しているわけではありません。筆者の関心は、指標そのものよりも、個人の内面的な幸福感(抽象)とその育成にあります。

3. まとめ:読解で「具体と抽象」をどう意識するか

「しかし」「むしろ」「~こそが」などの転換・強調に注目:

筆者が具体的なデータや一般的な見解を提示した後、これらの言葉を合図に、より本質的・抽象的な議論へと深めていくことが多いです。

具体的な「指標・条件」と抽象的な「幸福感・プロセス」の対比:

GNIや健康状態といった具体的な外部条件と、満足感や生きがい、意味を見出すプロセスといった抽象的な内部状態・活動を対比させ、筆者がどちらに最終的な価値を置いているか、あるいは両者の関係性をどう捉えているかを理解します。

筆者が定義する抽象的なキーワード(「ウェルビーイング」「幸福感を育む力」など):

これらの抽象概念は、筆者の主張を理解する上で非常に重要です。筆者がそれをどのように説明し、位置づけているかに注目します。

選択肢が「具体的要素」のみか、「抽象的本質」まで含んでいるか:

設問が「最も重要だと考えていること」や「道筋」を問う場合、単に具体的な指標や条件を挙げる選択肢よりも、それらを踏まえた上で個人の内面的な働きかけや抽象的な状態に言及している選択肢が、筆者の主張の核心に近いことが多いです。

具体的な社会データや個人の状況から、筆者が「幸福」という抽象的な概念についてどのような多面的な考察を行い、どのような本質を見出そうとしているのかを読み解くことが、幸福論や社会論の読解では重要になります。

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