人の安否を気遣い、あるいは故人を偲び、足を運ぶ。それが「とぶらふ」心です。
意味と用法
とぶらふ(訪ふ・弔ふ)は、ハ行四段活用の動詞で、対象への関心や配慮から行われる訪問や追悼の行為を表します。文脈や漢字表記によって意味を判断します。
- 【訪ふ】訪れる、訪問する、見舞う:
人の家や場所をたずねること。特に、安否を気遣って見舞う場合によく使われます。 - 【弔ふ】弔う、死者の冥福を祈る、供養する:
亡くなった人の霊を慰めたり、冥福を祈ったりすること。葬儀に参列したり、墓参りしたりする行為も指します。 - (広く)尋ねる、捜し求める:
人や物をさがし求める意味で使われることもあります。
現代語の「弔う(とむらう)」は「弔ふ」の意味が残ったものですが、古文では「訪れる」の意味も非常に重要です。誰が誰(何)に対して行っている行為かを把握しましょう。
訪れる・見舞うの例
病める友をとぶらふ。(徒然草)
(病気の友を見舞う。)
弔うの例
亡き人の後をとぶらふ。(源氏物語)
(亡くなった人の菩提を弔う。)
語源と歴史
「とぶらふ」の語源は、「問う(とふ)」に反復・継続の助動詞「ふ」が付いたもの(とひ見る→とびらふ)、あるいは「立つ(たつ)」+「窺う(うかがふ)」から来ているなど諸説あります。
元々は、相手の様子を「問う」「尋ねる」という行為が基本にあり、そこから安否を気遣って訪問する「訪ふ」、死者の霊に問いかけ冥福を祈る「弔ふ」へと意味が分化したと考えられます。
上代から使われている古い言葉です。
活用形と関連語
「とぶらふ」の活用(ハ行四段活用)
活用形 | 語形 | 接続例 |
---|---|---|
未然形 | とぶらは | ず、む |
連用形 | とぶらひ | て、けり、ます |
終止形 | とぶらふ | 。(言い切り) |
連体形 | とぶらふ | 時、人 |
已然形 | とぶらへ | ば、ども |
命令形 | とぶらへ | 。(命令) |
関連語
- とぶらひ (名詞) – 訪問、見舞い、弔い
- おとづる(音に聞くの意も) (動詞) – 訪れる、便りをする
類義語
訪れる・見舞う
弔う
反対の概念
「とぶらふ」が積極的に関わる行為であるのに対し、「放置する」「関心を持たない」といった状態が対極にあります。
実践的な例文(古文)
久しくとぶらはざりける友の許へ行く。(伊勢物語)
【訳】久しく訪ねなかった友人のもとへ行く。
親の墓に詣でて、涙を流してとぶらひけり。(今昔物語集)
【訳】親の墓に参って、涙を流して弔った。
月かげをとぶらふ人もなき山里。(新古今和歌集)
【訳】月光を訪ねてくる(賞美する)人もない山里。
都より人のとぶらふも稀なり。(源氏物語)
【訳】都から人が訪ねてくることも稀である。
後の世をとぶらふこそ第一の急務なれ。(徒然草)
【訳】来世(の冥福)を弔う(祈る)ことこそが第一の急務である。
練習問題
傍線部の「とぶらふ」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 遠くよりわざわざとぶらひ給へる心ざし、浅からず。
解説:
「遠くよりわざわざ」とあることから、物理的に足を運ぶ行為、つまり「お訪ね」になったと解釈するのが自然です。「心ざし」はここでは「ご厚意」の意。
2. 亡き君の御菩提をとぶらはむとて、寺を建つ。
解説:
「亡き君の御菩提を」とあるので、死者の冥福を祈る行為、つまり「弔おう」という意味になります。
3. この花のありかをとぶらふ人もなし。
解説:
「花のありか(花の咲いている場所)」を対象としているので、「捜し求める」または「尋ねる」という意味が適切です。
4. 年ごろ音信ざりける人を、今ぞとぶらふ。
解説:
「年ごろ音信ざりける人(長年便りがなかった人)」を対象にしているので、その人のもとを「訪問する」という意味になります。
5. 戦に死せる者どもをとぶらはせ給ふ。
解説:
「戦に死せる者ども(戦死者たち)」を対象としているので、その霊を「お弔いになる」という意味です。「せ給ふ」は使役・尊敬の助動詞で、ここでは尊敬でしょう。