「それはひがごとだ!」間違いや不正を正す、そんな場面で使われる言葉です。
意味と用法
ひがごと(僻事)は、名詞で、物事が正しい状態から外れていることを指します。「ひが」は接頭語的に「ゆがんだ」「ねじけた」「間違った」という意味を持ちます。
- 間違い、誤り、勘違い:
事実と異なること、正しくない認識や判断を指します。 - 道理にそむいたこと、不正なこと、よこしまなこと:
道徳や倫理、常識から外れた行いや考えを指します。悪事や不正行為も含まれます。 - つむじまがり、へそまがりなこと(人):
素直でない、わざと人に逆らうような言動や、そのような性質の人を指すこともあります。
文脈から、単なる事実誤認なのか、道徳的な非難を含むのかを読み取ることが大切です。多くはネガティブなニュアンスで用いられます。
間違い・誤りの例
かの人の言ひしは、ひがごとなりけり。(源氏物語)
(あの人が言ったことは、間違いであったのだな。)
道理にそむいたことの例
ひがごとをのみ行ひて、世を乱る。(保元物語)
(不正なことばかり行って、世を乱す。)
語源と歴史
「ひがごと」は、「ひが(僻)」と「こと(事)」が結合した語です。
「ひが」は、「ひ(非)」+「か(処・方)」で「正しくない方向」を意味するとも、「ひがむ(心がねじける)」の語幹とも言われます。いずれにしても、「正道から外れている」「ゆがんでいる」というニュアンスが中心です。
「こと(事)」は、事柄、言動、行為などを広く指します。したがって、「ひがごと」は「正しくない事柄・言動・行為」全般を意味します。
関連語・派生語
「ひがごと」は名詞のため活用はありませんが、関連する表現が多くあります。
- ひがひがし (形容詞シク活用) – ひねくれている、素直でない、風変わりだ
ひがひがしき人の言ふことは聞き入れられず。(徒然草)
(ひねくれた人の言うことは聞き入れられない。) - ひがみ (名詞) – ねじけた心、誤った考え、嫉妬
- ひがむ (動詞マ行四段・下二段) – 心がねじける、ゆがむ、正道から外れる
- ひが目 (名詞) – 見間違い、誤った見方
類義語
間違い・誤り
道理にそむいたこと
反対の概念
「ひがごと」が「正しくないこと」を指すのに対し、「正しいこと」「道理にかなったこと」が対極にあります。
実践的な例文(古文)
世の中のひがごとをのみ思ひ続くるは、あぢきなし。(徒然草)
【訳】世の中の間違い(道理に外れたこと)ばかり思い続けるのは、つまらないことだ。
人のひがごとをあげつらふべきにあらず。(方丈記)
【訳】人の間違いをあれこれ言い立てるべきではない。
ひがごとに心を入るる者は、終に身を誤つ。(十訓抄)
【訳】よこしまなことに心を傾ける者は、結局は身を誤る。
夢の中のひがごとと思しなせ。(源氏物語)
【訳】夢の中の間違い(現実ではないこと)とお思いなさい。
己がひがごとを知らざるは、愚かなり。(徒然草)
【訳】自分の間違いを知らないのは、愚かなことだ。
練習問題
傍線部の「ひがごと」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 彼の申すことは、ひがごとに満ちていた。
解説:
「申すこと(言うこと)」が「満ちていた」とあるので、内容の正しくなさ、つまり「間違い」が適切です。
2. 大臣の行ひはひがごとなりとて、人々これを非難す。
解説:
大臣の「行ひ(行い)」が「非難」されていることから、単なる間違いではなく、道理に反する「不正なこと」と解釈するのが適切です。
3. 幼き心には、それがひがごととは分からざりけり。
解説:
幼い心には「分からざりけり(分からなかった)」とあるので、それが「間違い」であるという認識がなかった、と解釈するのが自然です。
4. 歌の道にも、ひがごとは多かるべし。
解説:
歌の道(和歌の詠み方や解釈など)において「多い」とされるものは、規範からの逸脱や「誤り」と考えられます。
5. あの男の言ふことは、常にひがごとめきて信じがたし。
解説:
「信じがたし」とあるので、その男の言うことが信頼できない内容であることを示しています。「ひがごとめきて」は「道理に外れたことのように思われて」という意味合いが最も近いです。「嘘」も近いですが、「ひがごと」はより広く道理や常識からの逸脱を指します。