「ああ、むつかしや…」思わず顔をしかめてしまう、そんな気持ちを表す言葉です。
意味と用法
むつかしは、シク活用の形容詞で、様々な種類の不快感を表します。現代語の「むずかしい(難しい)」とは意味がかなり異なりますが、根底には「すんなりいかない」という共通の感覚があります。
- 【不快・うっとうしい】不快だ、気分が悪い、うっとうしい、いやだ:
最も基本的な意味。五感で感じる不快さ(汚い、臭い、うるさいなど)や、精神的な不快感を表します。 - 【気味悪い・恐ろしい】気味が悪い、恐ろしい、不安だ:
得体の知れないものや、異様な状況に対する不快感・恐怖心を表します。 - 【わずらわしい・面倒】(処理するのが)わずらわしい、面倒だ、扱いにくい:
現代語の「難しい」に近い意味合い。複雑で手間がかかることに対するうんざりした気持ち。 - 【その他】むさくるしい、見苦しい、聞き苦しい など:
具体的な不快の内容に応じて訳し分けます。
「むつかし」が何に対しての感情なのか、文中の対象や状況を把握することが重要です。
不快・うっとうしいの例
髪の乱れたるもむつかし。(枕草子)
(髪が乱れているのも不快だ。)
気味が悪いの例
ただならぬもののけのむつかしければ、(源氏物語)
(普通ではない物の怪が気味悪いので、)
わずらわしいの例
むつかしき御心をぞ悩ましける。(源氏物語)
(気難しい(扱いにくい)お心を悩ませた。)
語源と歴史
「むつかし」の語源は諸説ありますが、「身(む)つかし(=身にこたえる、身が苦しい)」や「むつかる(=不機嫌になる、ぐずる)」と関連があると考えられています。
元々は、身体的・精神的な苦痛や不快感を表す言葉だったものが、次第に気味の悪さや扱いにくさなど、より広い範囲のネガティブな感情・状況を指すようになったとされます。
現代語の「むずかしい」は、この「むつかし」の「扱いにくい、面倒だ」という意味が特化して残ったものと考えられます。
活用形と派生語
「むつかし」の活用(形容詞シク活用)
活用形 | 語形 | 接続 |
---|---|---|
未然形 | むつかしから | ず |
連用形 | むつかしく / むつかしう | て、なり、他の用言 |
終止形 | むつかし | 言い切り |
連体形 | むつかしき | 体言、こと、の |
已然形 | むつかしけれ | ば、ども |
命令形 | むつかしがれ | (会話などで稀) |
※連用形「むつかしう」はウ音便化した形です。
派生語
- むつかしげなり (形容動詞ナリ活用) – 不快そうな様子だ、気味悪そうな様子だ
- むつかる (動詞ラ行四段) – 不機嫌になる、機嫌を損ねる
類義語
不快だ・うっとうしい
気味が悪い・恐ろしい
反対の概念(不快に対して)
「むつかし」が不快感を表すのに対し、「心地よい」「快い」といった状態が対極にあります。
実践的な例文(古文)
何となくむつかしき心地して、(徒然草)
【訳】なんとなく不快な気持ちがして、
人目も繁く、むつかしき御ありさまなり。(源氏物語)
【訳】人目も多く、うっとうしい(窮屈な)ご様子である。
暗がり行けば、むつかし。(枕草子)
【訳】暗がりを行くと、気味が悪い。
むつかしき道をわけ入る。(平家物語)
【訳】気味の悪い(険しい)道を進み入る。
いとむつかしう、きたなげなる所なり。(宇治拾遺物語)
【訳】たいそう不快で、汚らしい所である。
練習問題
傍線部の「むつかし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 雨の降り湿りて、むつかしき日なり。
解説:
雨が降ってじめじめしている「日」に対する感情なので、「うっとうしい」または「不快な」が適切です。
2. 夜道にて、人のなきこそむつかしけれ。
解説:
夜道で人気がない状況は、「気味が悪い」または「恐ろしい」と感じるのが自然です。
3. ただ書き写すだにむつかしき文なり。
解説:
文章を「書き写す」という行為に対して「むつかし」と言っているので、「面倒な」あるいは「わずらわしい」が適切です。現代語の「難しい」に近いニュアンスです。
4. 犬の声のするも、いとむつかし。
解説:
犬の声が「する」ことに対して「いと(たいそう)むつかし」とあるので、ここでは「不快だ」や「うるさい」という意味が考えられます。
5. 物の怪の仕業かと、むつかしうおぼえければ、
解説:
「物の怪の仕業か」という疑念と結びついているので、「気味悪く」または「恐ろしく」感じた、と解釈するのが適切です。