「ああ、むつかしや…」思わず顔をしかめてしまう、そんな気持ちを表す言葉です。

📖意味と用法

むつかしは、シク活用の形容詞で、様々な種類の不快感を表します。現代語の「むずかしい(難しい)」とは意味がかなり異なりますが、根底には「すんなりいかない」という共通の感覚があります。

  1. 【不快・うっとうしい】不快だ、気分が悪い、うっとうしい、いやだ:
    最も基本的な意味。五感で感じる不快さ(汚い、臭い、うるさいなど)や、精神的な不快感を表します。
  2. 【気味悪い・恐ろしい】気味が悪い、恐ろしい、不安だ:
    得体の知れないものや、異様な状況に対する不快感・恐怖心を表します。
  3. 【わずらわしい・面倒】(処理するのが)わずらわしい、面倒だ、扱いにくい:
    現代語の「難しい」に近い意味合い。複雑で手間がかかることに対するうんざりした気持ち。
  4. 【その他】むさくるしい、見苦しい、聞き苦しい など:
    具体的な不快の内容に応じて訳し分けます。

「むつかし」が何に対しての感情なのか、文中の対象や状況を把握することが重要です。

不快・うっとうしいの例

髪の乱れたるもむつかし。(枕草子)

(髪が乱れているのも不快だ。)

気味が悪いの例

ただならぬもののけのむつかしければ、(源氏物語)

(普通ではない物の怪が気味悪いので、)

わずらわしいの例

むつかしき御心をぞ悩ましける。(源氏物語)

(気難しい(扱いにくい)お心を悩ませた。)

🕰️語源と歴史

「むつかし」の語源は諸説ありますが、「身(む)つかし(=身にこたえる、身が苦しい)」や「むつかる(=不機嫌になる、ぐずる)」と関連があると考えられています。

元々は、身体的・精神的な苦痛や不快感を表す言葉だったものが、次第に気味の悪さや扱いにくさなど、より広い範囲のネガティブな感情・状況を指すようになったとされます。

現代語の「むずかしい」は、この「むつかし」の「扱いにくい、面倒だ」という意味が特化して残ったものと考えられます。

📝活用形と派生語

「むつかし」の活用(形容詞シク活用)

活用形 語形 接続
未然形 むつかしから
連用形 むつかしく / むつかしう て、なり、他の用言
終止形 むつかし 言い切り
連体形 むつかしき 体言、こと、の
已然形 むつかしけれ ば、ども
命令形 むつかしがれ (会話などで稀)

※連用形「むつかしう」はウ音便化した形です。

派生語

  • むつかしげなり (形容動詞ナリ活用) – 不快そうな様子だ、気味悪そうな様子だ
  • むつかる (動詞ラ行四段) – 不機嫌になる、機嫌を損ねる

🔄類義語

不快だ・うっとうしい

きたなし
こちたし (うるさい)
ものし

気味が悪い・恐ろしい

ゆゆし
おどろおどろし

↔️反対の概念(不快に対して)

「むつかし」が不快感を表すのに対し、「心地よい」「快い」といった状態が対極にあります。

こころよし (快い)
うつくし (かわいらしい、きれいだ ※不快の反対として)

🗣️実践的な例文(古文)

1

なにとなくむつかしき心地ここちして、(徒然草)

【訳】なんとなく不快な気持ちがして、

意味: ① 不快だ
2

人目ひとめしげく、むつかしきおんありさまありさまなり。(源氏物語)

【訳】人目も多く、うっとうしい(窮屈な)ご様子である。

意味: ① うっとうしい / ③ わずらわしい
3

くらがりけば、むつかし。(枕草子)

【訳】暗がりを行くと、気味が悪い。

意味: ② 気味が悪い
4

むつかしきむつかしきみちる。(平家物語)

【訳】気味の悪い(険しい)道を進み入る。

意味: ② 気味が悪い / ③ わずらわしい(困難な)
5

いといとむつかしうきたなげきたなげなるところなり。(宇治拾遺物語)

【訳】たいそう不快で、汚らしい所である。

意味: ① 不快だ

📝練習問題

傍線部の「むつかし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。

1. あめ湿しめりて、むつかしきなり。

うっとうしい
気味が悪い
難しい
面倒な

解説:

雨が降ってじめじめしている「日」に対する感情なので、「うっとうしい」または「不快な」が適切です。

2. 夜道よみちにて、ひとなきなきこそむつかしけれ

不快だ
気味が悪い
面倒だ
汚い

解説:

夜道で人気がない状況は、「気味が悪い」または「恐ろしい」と感じるのが自然です。

3. ただただうつすだにむつかしきふみなり。

気味の悪い
不快な
面倒な
恐ろしい

解説:

文章を「書き写す」という行為に対して「むつかし」と言っているので、「面倒な」あるいは「わずらわしい」が適切です。現代語の「難しい」に近いニュアンスです。

4. いぬこゑするするも、いとむつかし

不快だ
気味が悪い
難しい
恐ろしい

解説:

犬の声が「する」ことに対して「いと(たいそう)むつかし」とあるので、ここでは「不快だ」や「うるさい」という意味が考えられます。

5. 物の怪もののけ仕業しわざかと、むつかしうおぼえければ、

不快に
気味悪く
面倒に
うっとうしく

解説:

「物の怪の仕業か」という疑念と結びついているので、「気味悪く」または「恐ろしく」感じた、と解釈するのが適切です。

古文単語「むつかし」クイズゲーム(選択問題編)

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