「『ゆゆしき事態』とは、良くも悪くもただ事ではない状況を指します」
意味と用法
ゆゆしは、シク活用の形容詞で、「程度がはなはだしい」ことを示す重要な古文単語です。「いみじ」と意味が似ており、文脈によって吉凶どちらの意味にもなります。
- 【程度のはなはだしさ】はなはだしい、並々でない、たいへんだ:
これが基本的な意味で、良い意味にも悪い意味にもつながります。 - 【マイナス評価】不吉だ、恐ろしい、気味が悪い:
元々は「忌むべき(いむべき)」対象に対して使われたため、凶事を表すことが多いです。 - 【プラス評価】すばらしい、立派だ、神聖だ、おごそかだ:
程度がはなはだしく良い、敬うべき対象などにも使われます。
「ゆゆし」も「いみじ」と同様、文脈をしっかり捉え、どの意味で使われているかを見極める必要があります。
不吉・恐ろしいの例
ゆゆしき夢を見つ。(源氏物語)
(不吉な夢を見た。)
すばらしいの例
ゆゆしき楽の音。(枕草子)
(たいそうすばらしい楽の音。)
はなはだしいの例
ゆゆしく寒し。(更級日記)
(ひどく寒い。)
語源と歴史
「ゆゆし」の語源は、「斎む(いむ=心身を清めて慎む)」の形容詞形「忌忌し(いむいむし)」が変化したものと考えられています。「いむ」は神聖なものや不浄なものを避けて慎むという意味です。
このため、「ゆゆし」は元々、神聖で恐れ多いものや、不吉で忌み慎むべきものを指しました。そこから「程度がはなはだしい」という意味が派生し、良いことにも悪いことにも使われるようになりました。
特に中世以降、「いみじ」と意味・用法が非常に近くなりました。
活用形と派生語
「ゆゆし」の活用(形容詞シク活用)
活用形 | 語形 | 接続 |
---|---|---|
未然形 | ゆゆしから | ず |
連用形 | ゆゆしく / ゆゆしう | て、なり、他の用言 |
終止形 | ゆゆし | 言い切り |
連体形 | ゆゆしき | 体言、こと、の |
已然形 | ゆゆしけれ | ば、ども |
命令形 | ゆゆしかれ | (会話などで稀) |
※連用形「ゆゆしう」はウ音便化した形です。
派生語
- ゆゆしさ (名詞) – はなはだしさ、恐ろしさ、すばらしさ
そのゆゆしさを知るべし。(徒然草)
(その恐ろしさを知るべきだ。)
類義語
程度が甚だしい(プラス・マイナス共通)
すばらしい (プラス評価)
不吉だ・恐ろしい (マイナス評価)
反対の概念
「ゆゆし」が「程度がはなはだしい」ことを示すため、「普通である」「取るに足りない」といった状態が対極にあります。
実践的な例文(古文)
神の御前は、ゆゆしきことどもありけり。(徒然草)
【訳】神前では、恐れ多い(神聖な)ことがあった。
雷のゆゆしう鳴りて雨の降りければ、(大和物語)
【訳】雷がひどく鳴って雨が降ったので、
かかるゆゆしき身の上を嘆く。(源氏物語)
【訳】このようなたいへんな(つらい)身の上を嘆く。
帝の御気色、ゆゆしくおぼしめしたる様なり。(大鏡)
【訳】帝のご機嫌は、たいそう(ご立派に)お思いになっている様子である。
死人こそゆゆしけれ。(枕草子)
【訳】死人こそ気味が悪いものだ。
練習問題
傍線部の「ゆゆし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. ただ人にはあらじ、ゆゆしき鬼神なるべし。(宇治拾遺物語)
解説:
「鬼神」という言葉から、ここではマイナス評価の「恐ろしい」が適切です。「ただ人ではない」という文脈もヒントになります。
2. 滝の音のゆゆしう聞ゆる所なり。(更級日記)
解説:
滝の音が「聞こえる」程度を修飾しているので、「はなはだしく」または「たいそう」が適切です。ここでは「はなはだしく」が選択肢にあります。
3. かかるゆゆしきわざをし出でたる者かな。(源氏物語)
解説:
「わざ(こと・行い)」の内容が具体的に示されていませんが、「し出でたる者かな」という詠嘆から、並々でないこと、つまり「たいへんな」こと(良い意味でも悪い意味でも)をした者だ、と解釈するのが自然です。
4. この寺の縁起こそ、ゆゆしけれ。(今昔物語集)
解説:
寺の「縁起(由来・来歴)」について述べているので、通常は肯定的な意味で「すばらしい」または「霊験あらたかな」といった意味になります。
5. 夜更けて鐘の声ゆゆしく聞ゆ。(方丈記)
解説:
夜更けの鐘の音は、文脈によって「しみじみと趣深い」とも「不気味だ」とも取れますが、『方丈記』の無常観漂う文脈や、夜の静寂を破る音としてのインパクトを考えると、「不吉に」あるいは「気味悪く」といったニュアンスが強まることがあります。ここでは「不吉に」が最も適切です。