一点の曇りもなく、すべてが明らか。それが「くまなし」の世界です。
意味と用法
くまなしは、ク活用の形容詞で、「隈(くま)」がない状態を表します。「隈」とは、物の陰になった部分、曲がり角、隠れた所、欠点などを指します。これが「なし」なので、文脈に応じて様々な意味に解釈されます。
- 【物理的な陰がない】陰がない、暗いところがない、隅々まで明るい:
月光や日光が隅々まで照らしている様子など。 - 【配慮が行き届いている】抜け目がない、手落ちがない、行き届いている、精通している:
物事の隅々まで注意や配慮が行き届いている様子。ある分野に詳しく、知らないことがない様子。 - 【隠し事がない】隠し立てがない、全て明らかだ、明白だ:
秘密や隠し事がなく、全てがはっきりしている様子。
多くは肯定的な意味で使われますが、何についての「くまなし」なのかを文脈から正確に捉えることが大切です。
陰がないの例
月の光、くまなくさし入りて(源氏物語)
(月の光が、隅々まで明るく差し込んで)
抜け目がないの例
万にくまなし。(徒然草)
(万事に抜け目がない。)
隠し立てがないの例
心のうちくまなく語りき。(大和物語)
(心の中を隠し立てなく語った。)
語源と歴史
「くまなし」は、名詞「隈(くま)」に、それを否定する形容詞の語尾「なし」が付いた形です。
「隈」は、もともと川や道などが折れ曲がって見通せない場所や、物の陰になっている部分を指しました。そこから転じて、物事の隠れた部分、奥まった事情、欠点、秘密なども意味するようになりました。
したがって、「くまなし」はこれらの「隈」とされる要素がない状態、つまり「陰がない」「隠れた部分がない」「欠点がない」といった意味を表します。
活用形と関連語
「くまなし」の活用(形容詞ク活用)
活用形 | 語形 | 接続例 |
---|---|---|
未然形 | くまなく | (くまわか)ら(ず) |
連用形 | くまなく | (くまわか)り、て、咲く |
終止形 | くまなし | 。(言い切り) |
連体形 | くまなき | 時、光 |
已然形 | くまなけれ | ば、ども |
命令形 | くまなかれ | 。(命令) |
関連語
- 隈(くま) (名詞) – 陰、隠れた所、欠点、秘密
類義語
陰がない・明るい
抜け目がない・行き届いている
反対の概念
「くまなし」が「陰や隠れた部分がない」ことを指すのに対し、「陰がある」「隠れている」「不透明」といった状態が対極にあります。
実践的な例文(古文)
月の光、くまなく庭を照らせり。(竹取物語)
【訳】月の光が、隅々まで明るく庭を照らしていた。
かの道にくまなき人ぞ聞こえし。(源氏物語)
【訳】その道に精通している(知らないことがない)人と評判だった。
心の底までくまなく見え透く心地す。(枕草子)
【訳】心の底まで全て見え透く気持ちがする。
よろづの事にくまなきは、人に憎まれやすし。(徒然草)
【訳】万事に抜け目がないのは、人に憎まれやすい。
秋の夜の月の光のくまなければ、影も隠るる所なし。(後拾遺和歌集)
【訳】秋の夜の月の光に陰がないので、影も隠れる所がない。
練習問題
傍線部の「くまなし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 月影くまなく宿りて、夜も昼のごとし。
解説:
「月影(月の光)」が「宿りて(差し込んで)」いる様子を表しているので、「隅々まで明るく」が適切です。「夜も昼のごとし」もヒントになります。
2. 何事にもくまなき人の心のほどぞ賢き。
解説:
「何事にも」という状況で「賢き」と評価される人の心は、「行き届いている」または「抜け目がない」と解釈するのが適切です。
3. 思ふ事をくまなく語れば、心も晴るるなり。
解説:
「思ふ事を語る」という文脈なので、「隠し立てなく」「残らず全て」語ることで心が晴れる、と解釈するのが自然です。
4. 公の事にも私の事にも、くまなき人なりけり。
解説:
公私両方の事柄について「くまなき人」とあるので、どちらの分野にも「精通している」または「詳しい」と解釈するのが適切です。
5. この歌の心、くまなく明らめ給へ。
解説:
歌の「心(意味・意図)」を「明らめ給へ(明らかにしてください)」とあるので、「くまなく」は「全て明らかに」「隅々まで詳しく」という意味で解釈するのが適切です。