時が流れても、状況が変わっても、「なお」変わらぬもの、深まるものがあります。
意味と用法
なお(尚)は、副詞で、現代語の「なお」と多くの意味を共有しますが、古文特有のニュアンスも持ちます。主に継続、付加、逆接的な意味合いで用いられます。
- 【やはり・そうはいうものの(逆接的継続)】やはり、それでもやはり、そうはいうものの(依然として〜だ):
前の事柄を受けて、予想に反して、あるいは当然のこととして、ある状態が継続していることを示します。「A。なおB」で「Aだ。それでもやはりBだ」という感じ。 - 【さらに・いっそう(付加・強調)】さらに、いっそう、ますます、その上に加えて:
ある状態や程度に、さらに別の要素が加わったり、程度が深まったりすることを示します。「A。なおB」で「Aだ。さらにBもだ」や「Aで美しい。なおBでいっそう美しい」という感じ。 - 【依然として・まだ(単純継続)】依然として、今でもまだ、相変わらず:
以前からの状態が変わらず続いていることを示します。
「なお」がどの意味で使われているかは、前後の文脈、特に接続の仕方や呼応する語句に注目して判断します。「〜だに、〜すら、〜さへ」などの副助詞を伴って「〜でさえやはり」と強調することもあります。
やはり・そうはいうもののの例
年は老いぬ。なほ壮んなり。(徒然草)
(年はとった。それでもやはり元気である。)
さらに・いっそうの例
雨降りて、花なほ美し。(枕草子)
(雨が降って、花がいっそう美しい。)
語源と歴史
「なお」の語源は、「な(汝・己)お(緒)」で「あなた自身」から転じたという説や、「な(名)ほ(秀)」で「名高い」からという説などがありますが、はっきりしません。
「なほ」の表記が古くから見られ、上代から使われている言葉です。意味合いは現代語と大きく変わっていませんが、古文では特に「そうはいうもののやはり」という逆接的なニュアンスや、「さらに輪をかけて」という強調のニュアンスが強く出ることがあります。
関連表現
「なお」は副詞なので活用はありませんが、他の語と結びついて特定のニュアンスを強めることがあります。
- なほ~ごとし(如し): やはり~のようだ、依然として~のようだ。
- なほ~(副助詞「だに」「すら」「さへ」など): ~でさえやはり、~だけでもなお。
- なほまた: その上また、さらにまた。
類義語
やはり、依然として
さらに、いっそう
反対の概念(継続に対して)
「なお」が継続や付加を示すのに対し、「もはや〜ない」「ついに」といった変化や終結を示す語が対照的です。
実践的な例文(古文)
夜は更けぬ。しかるに月はなほ明るし。(方丈記)
【訳】夜は更けた。そうではあるが月は依然として明るい。
紅葉の散りたるは美し。その上に露の置きたるは、なほあはれなり。(徒然草)
【訳】紅葉が散っているのは美しい。その上に露が置いているのは、さらにいっそう趣深い。
昔の人はなほ奥ゆかしきこと多かりけり。(源氏物語)
【訳】昔の人はやはり奥ゆかしいことが多かったなあ。
かく言へども、なほ心も動かぬ人もありけり。(伊勢物語)
【訳】このように言っても、それでもやはり心も動かない人もいた。
夢の中にもなほ忘れず。(更級日記)
【訳】夢の中でもやはり忘れない。
練習問題
傍線部の「なほ」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 春は曙。やうやう白くなりゆく山際、すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる、なほめでたし。(枕草子)
解説:
春の曙の美しい情景を描写しており、紫がかった雲がたなびいている様子を「めでたし(すばらしい)」と述べています。ここでは、その美しさをさらに強調する「いっそう」が適切です。
2. 月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。…古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風に誘はれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋、江上の破屋に蜘蛛の古巣を払ひて、やうやう年も暮れ、春立てる霞の空に、白河の関越えんと、…旅の物心細ぼそく、あるは悲しき思いもあれど、なほ旅をやめず。(おくのほそ道)
解説:
旅の物心細さや悲しい思いがある「けれど(あれど)」、それにもかかわらず旅をやめない、という逆接的な継続を示しているので、「それでもやはり」が最も適切です。
3. 雨は止みぬれど、なほ雲は厚し。
解説:
雨は止んだが、雲が厚い状態は変わらず続いていることを示しているので、「依然として」が適切です。
4. この花も美し。なほかの花には劣るべし。
解説:
この花も美しいが、それにもかかわらず、やはりあちらの花には劣るだろう、という逆接的なニュアンスで「そうはいうもののやはり」が適切です。
5. 年は七十に及べり。なほ目も耳も確かなり。
解説:
年は70歳になったが、それにもかかわらず目も耳も確かである、という逆接的な意味合いで「それでもやはり」が適切です。「依然として」も近いですが、年齢という条件を踏まえた上での継続なので、逆接のニュアンスがより強いです。