ふと心に浮かぶ思い、懐かしい記憶、誰かに似た面影…「おぼゆ」はそんな自然な心の動きを捉えます。
意味と用法
おぼゆ(覚ゆ)は、ヤ行下二段活用の動詞で、「思ふ」に自発の助動詞「ゆ」が付いた「思はゆ」が変化した語です。そのため、自分の意志とは関係なく、自然にそう思ったり感じたりする意味合いが中心となります。
- 【(自然と)思われる・感じられる】(自然と)そう思われる、そのように感じられる、判断される:
最も基本的な意味。主観的な判断や感覚が自然に生じる様子を表します。「〜とおぼゆ」「〜やうにおぼゆ」の形でよく使われます。 - 【思い出される】(自然と)思い出される、記憶がよみがえる:
過去の出来事や人が、意図せず心に浮かんでくる様子。 - 【似ている・面影がある】(〜に)似ている、面影がある、〜を思わせる:
ある人や物が、別の人や物に似ていると感じられること。特に顔つきや雰囲気が似ている場合に使われます。 - 【(人から)思われる・評価される】(人から)そのように思われる、評価される:
他者からの評価や評判が自然とそうなる、という意味合い。受身的なニュアンス。
「おぼゆ」は自発の意味が基本なので、「誰が」ではなく「(主語にとって)自然にそう感じられる」という視点で訳すと自然です。
思われる・感じられるの例
あはれとおぼゆるなり。(徒然草)
(しみじみと趣深いと思われるのである。)
思い出されるの例
昔の事おぼえて、涙落つ。(伊勢物語)
(昔のことが思い出されて、涙が落ちる。)
似ているの例
母君におぼえ給へる顔つき。(源氏物語)
(母君に似ていらっしゃる顔つき。)
語源と歴史
「おぼゆ」は、動詞「思ふ(おもふ)」の未然形「思は」に自発の助動詞「ゆ」が付いた「思はゆ(おもはゆ)」が音変化したものです。「ゆ」は、現代語の「〜れる・られる」の自発(自然とそうなる)の意味に近いです。
そのため、「おぼゆ」は「(自分の意志とは関係なく)自然にそう思われる」というのが中核的な意味となります。この自発的な感覚から、「思い出される」「似ていると感じられる」といった意味が派生しました。
平安時代以降、広く用いられる重要な古語の一つです。
活用形と関連語
「おぼゆ」の活用(ヤ行下二段活用)
活用形 | 語形 | 接続例 |
---|---|---|
未然形 | おぼえ | ず、む、ん |
連用形 | おぼえ | て、けり、たり |
終止形 | おぼゆ | 。(言い切り) |
連体形 | おぼゆる | 時、人 |
已然形 | おぼゆれ | ば、ども |
命令形 | おぼえよ | 。(命令) |
関連語
- おぼえ (名詞) – (人からの)評判、寵愛、自信、記憶
- 思ふ(おもふ) (動詞) – 思う、愛する
類義語
思われる・感じられる
似ている
反対の概念(自発に対して)
「おぼゆ」が自発的な感覚を表すのに対し、意志的な思考や行動が対照的です。
実践的な例文(古文)
いと悲しとおぼゆ。(枕草子)
【訳】たいそう悲しいと思われる(感じられる)。
亡き母の面影ぞおぼゆる。(更級日記)
【訳】亡き母の面影が思い出される。
かの姫君にいとよくおぼえ給へり。(源氏物語)
【訳】あのお姫様にたいそうよく似ていらっしゃる。
夢かとぞおぼゆる。(伊勢物語)
【訳】夢かと(自然と)思われる。
人に憎まれむとおぼえて振る舞ふ者やはあらむ。(徒然草)
【訳】人に憎まれようと(自然と人にそう)思われて振る舞う者がいるだろうか、いやいない。
練習問題
傍線部の「おぼゆ」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. この景色、絵に描きしに似たりとおぼゆ。
解説:
景色が絵に似ている「と(自然と)思われる」という意味です。「似たり」で既に類似は示されており、「おぼゆ」はそのように感じられるという自発のニュアンスを加えます。
2. 幼かりし頃の事ども、今はかすかにのみおぼゆ。
解説:
「幼かりし頃の事ども(幼かった頃のことなど)」が「かすかにのみ(かすかにだけ)」心に浮かんでくる様子なので、「思い出される」が適切です。
3. その人の顔、亡き父にいとよくおぼえたり。
解説:
人の顔が亡き父に「いとよく(たいそうよく)」という文脈なので、「似ていた」という意味になります。
4. いみじう賢しとおぼえし人も、案に相違して愚かなりけり。
解説:
「いみじう賢しと(たいそう賢いと)」という評価が自然に生じていた人、つまり「思われた」人が、実際は違ったという内容です。
5. ただ夢の心地しておぼゆ。
解説:
「ただ夢の心地して(まるで夢のような気持ちがして)」そのように「感じられる」という意味です。自発的な感覚を表しています。