実の母以上に、子の成長を見守り、支える影の功労者。それが「めのと」です。
意味と役割
めのと(乳母)は、名詞で、主に貴族社会において、母親に代わって乳を与え、子供を養育する女性を指します。しかし、その役割は単なる授乳や世話に留まりません。
- 養育係・世話役:
乳幼児期の授乳、食事、身の回りの世話全般を担当します。実母が早くに亡くなったり、身分が高いなどの理由で直接養育に関われない場合に、めのとが母親代わりを務めました。 - 教育係・後見人:
子供が成長するにつれて、しつけや教育にも深く関わります。特に女子の場合は、結婚相手の選定や嫁入り後の相談相手となるなど、生涯にわたって影響力を持つ重要な後見人的存在でした。 - 精神的な支え:
実母以上に親密な関係を築くことも多く、養い子が成人してからも、最も信頼できる相談相手であり、精神的な支えとなることが期待されました。物語文学では、主人公の苦境を助けたり、秘密を共有したりする重要な脇役として描かれることが多いです。
「めのと」は、その子供だけでなく、その一族にとっても重要な存在であり、物語の展開や人間関係を理解する上で鍵となる人物であることが多いです。
養育係の例
若君のめのと、かしづき養ふ。(源氏物語)
(若君の乳母が、大切に世話をし育てる。)
相談相手の例
姫君、めのとにのみ御心のうちを語り給ふ。(堤中納言物語)
(姫君は、乳母にだけご心中をお話しになる。)
語源と背景
「めのと」は、「乳(ち)の母(おも)」が変化した語と考えられています。「母(おも)」は母親を指す古い言葉です。
平安時代の貴族社会では、実母が高貴な身分である場合、直接授乳や養育をしないことが一般的でした。そのため、乳母の役割は非常に重要で、多くの場合、乳母自身もそれなりの家柄の女性が選ばれました。
乳母の子(乳母子=めのとご)は、養い子と共に育てられることが多く、兄弟姉妹のような親しい関係になることもありました。これらの関係性は、当時の社会や物語を理解する上で重要な要素となります。
関連語
「めのと」は名詞のため活用はありませんが、関連する語があります。
- 乳母子(めのとご) (名詞) – 乳母の実子で、養い子と一緒に育てられる子供。
- 傅き(かしづき) (名詞) – 大切に養育すること。乳母の重要な役割の一つ。
- 乳母夫(めのとのおと) (名詞) – 乳母の夫。養い子の後見役となることもある。
類義語・関連する立場
養育に関わる人々
対照的な立場
「めのと」が養育を託される立場であるのに対し、実の親が直接的な対比となります。
実践的な例文(古文)
若君は、めのとの懐に抱かれて眠り給ふ。(源氏物語)
【訳】若君は、乳母の懐に抱かれてお眠りになる。
めのとも、涙を押へかねて泣き給ふ。(更級日記)
【訳】乳母も、涙を抑えきれずにお泣きになる。
心細き時は、めのとを頼みとし給ふ。(堤中納言物語)
【訳】心細い時は、乳母を頼りとなさる。
めのとの子は、若君と兄弟のやうに育ちぬ。(大和物語)
【訳】乳母の子は、若君と兄弟のように育った。
姫君の御教育は、めのとの心ひとつにありけり。(落窪物語)
【訳】姫君のご教育は、乳母の心一つにかかっていた。
練習問題
傍線部の「めのと」が指す人物として最も適切なものを選んでください。
1. 若君、夜はめのとと共に寝給ふ。
解説:
若君が一緒に寝る相手であり、文脈から養育に深く関わる「養育係の女性」である乳母を指します。
2. 姫君の御装束のこと、めのとに問ひ給ふ。
解説:
姫君の装束(衣装)について相談する相手として、身近で信頼の厚い「世話役の女性」である乳母が適切です。
3. 悲しき事ある時は、めのとの前にてぞ泣き給ひける。
解説:
悲しい時に安心して泣ける相手として、最も身近で信頼できる「養育係の女性」である乳母が考えられます。
4. この宮のめのとなりける人の娘。
解説:
「めのとなりける人」で「乳母であった人」という意味。その娘なので、傍線部は「乳母」を指します。
5. 幼き時より仕うまつれるめのとなれば、何事も隠さず。
解説:
幼い時から仕えている「めのと」であり、何事も隠さない相手ということから、信頼の厚い「養育係の女性」である乳母を指します。