なぜそうなったのか、どんな背景があるのか…「ゆゑ」はその「わけ」を解き明かす鍵となります。
意味と用法
ゆゑ(故)は、名詞で、物事の背景にある様々な「わけ」を表す多義語です。現代語の「故(ゆえ)」と共通する意味が多いですが、古文ではより広い範囲で使われます。「〜ゆゑに」「〜ゆゑの」の形で接続助詞のように順接(理由・原因)を表すことも頻繁にあります。
- 【理由・原因】理由、原因、わけ、〜のため、〜ので:
最も基本的な意味。「〜ゆゑに」の形で「〜という理由で」「〜なので」と訳されることが多いです。 - 【家柄・由緒・風情】家柄、身分、由緒、来歴、風情、趣:
人や物の背景にある伝統や格式、また、そこから醸し出される趣や風情を指します。「ゆゑある」で「由緒ある」「風情がある」の意。 - 【縁・関係】縁、ゆかり、関係、手段:
人と人、あるいは人と物事とのつながりや関係性。また、何かをするための手がかりや方法。 - 【こと・わけ(形式名詞的)】こと、わけ、次第:
漠然と事柄や事情を指すことがあります。
文脈によって指す内容が大きく変わるため、何についての「ゆゑ」なのか、前後の内容を丁寧に読み解く必要があります。
理由・原因の例
病のゆゑに参らず。(源氏物語)
(病気のために参上しない。)
由緒・風情の例
ゆゑある寺なり。(徒然草)
(由緒ある(風情のある)寺である。)
縁・関係の例
知るゆゑもなき都鳥。(伊勢物語)
(知る縁(手がかり)もない都鳥。)
語源と歴史
「ゆゑ(故)」の語源は、動詞「結ふ(ゆふ)」(結びつける、関係づける)や「寄る(よる)」(近づく、基づく)と関連があると考えられています。
物事の結びつきや、ある事柄が何に基づいているかという点から、「理由」「原因」「縁」といった意味が生まれました。また、家系や伝統といった「結びつき」から「家柄」「由緒」の意味も派生しました。
漢字「故」は、もともと「古いこと」「もとのこと」を意味し、そこから「原因・理由」の意味も持つようになりました。「ゆゑ」にこの漢字が当てられることが多いです。
品詞と用法補足
「ゆゑ」は名詞ですが、格助詞「に」を伴って「ゆゑに」の形で副詞的に用いられ、理由・原因を表す接続助詞のような働きをすることが非常に多いです。
- 〜ゆゑに: (理由・原因)〜なので、〜のために、〜というわけで
- 〜ゆゑの: (理由・原因)〜による、〜のための/(関係)〜との縁の
- ゆゑありげなり: 由緒ありげだ、風情がありそうだ
類義語
理由・原因
由緒・風情
反対の概念(理由に対して)
「ゆゑ」が理由や原因を示すのに対し、「結果」や「偶然」が対照的です。
実践的な例文(古文)
雨降るゆゑに、道悪し。(土佐日記)
【訳】雨が降るので、道が悪い。
ゆゑある家の娘を迎へて妻とす。(源氏物語)
【訳】由緒ある(家柄の良い)家の娘を迎えて妻とする。
何のゆゑか知らねど、涙こぼるる。(伊勢物語)
【訳】何の理由か分からないが、涙がこぼれる。
かかるゆゑを知らまほし。(枕草子)
【訳】このような事情(わけ)を知りたい。
前の世のゆゑにや、かくは悲しき。(源氏物語)
【訳】前世からの因縁なのであろうか、このように悲しいのは。
練習問題
傍線部の「ゆゑ」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 風吹けばといふゆゑにて、今日は出でず。
解説:
「風吹けばといふ〜にて」で「風が吹くという〜で」となり、外出しない「理由」を示しています。
2. この寺は、いとゆゑあるさまなり。
解説:
寺の「さま(様子)」について述べており、「いと(たいそう)〜ある」とあるので、「由緒」がある、または「風情」があるという意味が適切です。
3. かかる深きゆゑあらむとは、夢にも知らず。
解説:
「かかる深き(このような深い)」とあることから、単なる理由や関係を超えた、深い「因縁」や「宿縁」といった意味合いが考えられます。
4. その人の言ふゆゑを詳しく聞かばや。
解説:
その人が言う「わけ」や「事情」を詳しく聞きたい、という意味です。形式名詞的な用法に近い。
5. 病のゆゑに、心も弱り給ふ。
解説:
「病の〜に」で、病気が原因であることを示しています。「〜のために」「〜という理由で」と訳します。