愛おしくて手放したくない、失うのがあまりにもつらい…「をし」はそんな切ない感情を伝えます。
意味と用法
をし(愛し・惜し)は、シク活用の形容詞で、対象に対する強い執着や愛情から生じる感情を表します。漢字表記によって意味合いが異なりますが、根底には「大切に思う」気持ちがあります。
- 【愛し】いとしい、かわいい、大切だ、愛おしい:
対象(特に自分の子や妻、恋人など)に対して深い愛情やかわいらしさを感じる様子。 - 【惜し】残念だ、惜しい、心残りだ、もったいない、名残惜しい:
価値あるものや大切なものが失われること、あるいは期待通りにならないことに対する残念な気持ち。手放したくない、失いたくないという感情。
「いとしい」と「残念だ」という一見異なる意味ですが、どちらも対象への強い思い入れが根底にあると理解すると捉えやすくなります。文脈からどちらの意味かを判断しましょう。
いとしいの例
わが子のをしきあまりに。(源氏物語)
(我が子がいとしいあまりに。)
残念だ・惜しいの例
過ぎゆく春のをしければ。(古今和歌集)
(過ぎ去っていく春が残念なので。)
語源と歴史
「をし」の語源は、「う(愛・憂)」と「し(強意の接尾語)」から成るという説や、感動詞「あ」の音変化「を」に「し」が付いたとする説などがあります。
もともとは、心が強く動かされる感情全般を表し、そこから肯定的な「いとしい」と、否定的な「残念だ・惜しい」という二つの主要な意味に分化したと考えられます。
上代から使われ、特に万葉集では「愛し」の表記で恋人や子を思う歌に多く見られます。平安時代以降は「惜し」の表記で「残念だ」の意味も広く使われるようになりました。
活用形と関連語
「をし」の活用(形容詞シク活用)
活用形 | 語形 | 接続例 |
---|---|---|
未然形 | おしから | ず |
連用形 | おしく / おしう | て、なり、思ふ |
終止形 | をし | 。(言い切り) |
連体形 | おしき | 人、こと |
已然形 | おしけれ | ば、ども |
命令形 | おしかれ | (まれ) |
※連用形「おしう」はウ音便化した形です。
関連語
- をしむ(惜しむ) (動詞マ行四段) – 残念に思う、大切に思う
- くちをし(口惜し) (形容詞) – 残念だ、期待はずれだ
類義語
いとしい・かわいい
残念だ・惜しい
反対の概念
「いとしい」に対しては「憎い」、「残念だ」に対しては「満足だ」「喜ばしい」などが対照的です。
実践的な例文(古文)
わが子のおしきは、鳥けだものも同じことなり。(徒然草)
【訳】自分の子がいとしいのは、鳥や獣も同じことである。
散る花ををしと思へど、とどむべき方もなし。(古今和歌集)
【訳】散る花を残念だと思うけれど、とどめる方法もない。
いとおしううつくしき人の子なり。(源氏物語)
【訳】たいそうかわいらしく美しい人の子である。
命おしと思はぬ者はなし。(平家物語)
【訳】命が惜しいと思わない者はいない。
別れのおしければ、涙も落ちぬ。(伊勢物語)
【訳】別れが名残惜しいので、涙も落ちた。
練習問題
傍線部の「をし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. この子を見るに、いとおしうおぼゆ。
解説:
「この子を見るに」という対象から、子供に対する愛情、「かわいらしく」または「いとしく」思われる、という意味が適切です。
2. 勝負に負けにしこと、返す返すもをし。
解説:
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