あでやかな装い、しっとりとした情趣。「ゑんなり」は、見る人の心を奪う美の世界です。
意味と用法
ゑんなり(艶なり)は、ナリ活用の形容動詞で、視覚的な美しさや色情的な魅力を表します。「艶」の字が当てられることが多いです。
- 優美だ、あでやかで美しい、華やかだ、上品で美しい:
人や物の姿、様子が洗練されていて美しいさま。特に、華やかさやなまめかしさを伴う美しさを指します。 - (男女間の情愛が)こまやかだ、色っぽい、妖艶だ:
男女間の愛情が深く、情趣に富んでいる様子。また、色気があり、なまめかしい様子も表します。
「あてなり(高貴だ、上品だ)」や「うつくし(かわいらしい、きれいだ)」としばしば比較されます。「ゑんなり」は、より感覚的で人を惹きつける魅力、時には妖艶さを含む点で区別されます。
優美だ・あでやかの例
ゑんなる歌を詠み出だす。(古今和歌集)
(優美な歌を詠み出す。)
色っぽいの例
ゑんなる物語多かり。(源氏物語)
(色っぽい話が多い。)
語源と歴史
「ゑんなり」の「ゑん」は、漢字「艶」の音読み「エン」から来ています。「艶」は、つややかで美しい、なまめかしい、色っぽいといった意味を持つ漢字です。
これに状態を表す接尾語「なり」が付いて形容動詞となりました。平安時代中期以降、特に和歌や物語文学で、洗練された都会的な美意識や恋愛の情趣を表す語として盛んに用いられました。
活用形
「ゑんなり」の活用(形容動詞ナリ活用)
活用形 | 語形 | 接続例 |
---|---|---|
未然形 | ゑんなら | ず |
連用形 | ゑんなり・ゑんに | て・あり・き |
終止形 | ゑんなり | 。(言い切り) |
連体形 | ゑんなる | 時、人、歌 |
已然形 | ゑんなれ | ば、ども |
命令形 | ゑんなれ | (命令) |
類義語
優美だ・美しい
色っぽい
反対の概念
「ゑんなり」が華やかで洗練された美を表すのに対し、「無骨」「地味」「野暮」といった状態が対極にあります。
実践的な例文(古文)
女君の御姿、いとゑんなり。(源氏物語)
【訳】女君のお姿は、たいそうあでやかで美しい。
ゑんなる歌を好みて詠み集む。(後拾遺和歌集・序)
【訳】優美な(情趣あふれる)歌を好んで詠み集める。
ただゑんに語らひ給ふ。(堤中納言物語)
【訳】ただもう色っぽく(情愛こまやかに)語り合いなさる。
装束のゑんなること限りなし。(栄花物語)
【訳】装束の華やかで美しいことこの上ない。
いとゑんなる声にて物語りする女ありけり。(大和物語)
【訳】たいそう色っぽい(なまめかしい)声で話をする女がいた。
練習問題
傍線部の「ゑんなり」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 春の夜の月は、いとゑんなるものなり。
解説:
春の夜の月という風雅な対象について述べているので、「優美な」が最も適切です。情趣あふれる美しさを指します。
2. あの姫君の振る舞ひは、まことにゑんなり。
解説:
姫君の振る舞いについて「まことに(実に)」と強調しているので、人を惹きつける「あでやかで美しい」様子が考えられます。
3. 男女のゑんに語らふ声ぞ聞こゆる。
解説:
「男女の語らふ声」という文脈から、男女間の情愛がこもった「色っぽく」または「なまめかしく」語り合う様子が想像されます。
4. その文の言葉遣ひ、いとゑんなりけり。
解説:
手紙の「言葉遣ひ」について述べているので、洗練されていて「優美であった」と解釈するのが適切です。
5. ただならずゑんなる御気配に、心乱れぬる。
解説:
「ただならず(並々でなく)」と強調され、「心乱れぬる(心が乱れてしまった)」とあることから、単なる美しさではなく、人を惑わすような「妖艶な」雰囲気を指していると考えられます。