人々の声が響き渡り、噂が広まり、勢いが天を突く。「ののしる」は、そんな活気や評判の高まりを表す言葉です。
意味と用法
ののしるは、ラ行四段活用の動詞で、現代語の「罵倒する」という意味とは異なり、古文では主に「大きな音・声」や「評判の高さ」に関連する意味で使われます。
- 大声で騒ぐ、大騒ぎする、わめく:
多くの人が集まって騒いだり、大きな声を出したりする様子。 - 評判になる、噂される、有名になる:
世間で広く話題になり、名声が高まること。良い評判にも悪い評判にも使われます。 - 勢いが盛んである、羽振りがよい:
権力や富などが盛んで、威勢が良い様子。
現代語の「罵る」の意味は、中世末期から近世にかけて生じた比較的新しい用法です。古文では、まず「大声で騒ぐ」か「評判になる」のどちらかを考えるのが基本です。
大声で騒ぐの例
人々、市に集まりてののしる。(宇治拾遺物語)
(人々が、市場に集まって大騒ぎする。)
評判になるの例
その美しさ、世にののしらる。(源氏物語)
(その美しさは、世間で評判になっている。)
語源と歴史
「ののしる」の語源は、「音(ね)+音(ね)+知る」で、大きな音が響き渡ることを意味したという説や、「汝(な)+知る」で相手に強く呼びかける意から転じたという説などがあります。
元々は「大きな音を立てる」「大声で騒ぐ」という意味が中心でしたが、その騒ぎが広まることから「評判になる」「噂される」という意味が派生しました。さらに、評判が高まり勢いが盛んになる様子も表すようになりました。
活用形
「ののしる」の活用(ラ行四段活用)
活用形 | 語形 | 接続例 |
---|---|---|
未然形 | ののしら | ず、む |
連用形 | ののしり | て、けり、ます |
終止形 | ののしる | 。(言い切り) |
連体形 | ののしる | 時、人 |
已然形 | ののしれ | ば、ども |
命令形 | ののしれ | 。(命令) |
類義語
大声で騒ぐ
評判になる
反対の概念
「ののしる」が「騒がしい」「評判が高い」ことを指すのに対し、「静か」「無名」といった状態が対照的です。
実践的な例文(古文)
道の辺に人立ち集まりて、ののしる。(更級日記)
【訳】道端に人が立ち集まって、大声で騒いでいる。
この大将の威勢、世にののしらる。(平家物語)
【訳】この大将の威勢は、世間で評判になっている(勢いが盛んであると噂される)。
ただ人ごとに口をふたぎてののしる。(源氏物語)
【訳】ただもう誰も彼も口を覆うようにして(驚きや興奮で)大騒ぎする。
時めく人のののしりたるも、程なく過ぎぬれば。(徒然草)
【訳】時勢に乗って羽振りがよかった人も、時が経てば(その勢いも)過ぎてしまうので。
内裏にも宮にも、同じやうにののしる。(枕草子)
【訳】宮中でも中宮の御所でも、同じように(そのことで)大騒ぎしている(噂している)。
練習問題
傍線部の「ののしる」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 門の前にて、車ども立ててののしる。
解説:
門の前で車を立てて(止めて)いる状況から、多くの人が集まり「大声で騒いでいる」様子が想像されます。
2. その才のほど、世にののしられけり。
解説:
「その才のほど(その才能の程度)」が「世に」ということなので、世間で「評判になった」と解釈するのが適切です。「ののしらる」は受身形。
3. 時の権力者、いみじうののしりて世を動かす。
解説:
「時の権力者」が「世を動かす」という文脈から、その「勢いが盛んで」あること、または「羽振りがよくて」という意味が適切です。
4. 人々、物も言はせずののしる音、空に響く。
解説:
「物も言わせず」という状況で「空に響く」ほどの「音(声)」なので、「大声で騒ぐ」という意味が最も適しています。
5. かれは歌詠みとしていとののしられたり。
解説:
「歌詠みとして」という文脈で「いと(たいそう)」とあるので、歌人としての「評判が高かった」と解釈するのが適切です。「ののしらる」は受身形。