「はい、ここに侍り。」主君に仕え、あるいは丁寧な言葉遣いで存在を示す。それが「はべり」です。
意味と用法
はべり(侍り)は、ラ行変格活用の動詞で、古文における代表的な敬語の一つです。本動詞としても補助動詞としても使われます。
- 【本動詞】(貴人のそばに)お仕えする、伺候する、控えている:
「侍(さぶらふ)」よりも敬意が低いが、身分の高い人のそばに仕える意を表します。 - 【本動詞】あります、ございます(「あり」の丁寧語):
物や人が存在することを、聞き手に対して丁寧に表現します。会話文や手紙文で使われます。 - 【補助動詞】〜です、〜ます、〜でございます(丁寧の意を表す):
他の動詞の連用形や形容詞・形容動詞の連用形(カリ活用・ナリ活用)などに付いて、丁寧な表現にします。
「はべり」は、主に話し手から聞き手への敬意を表す丁寧語として機能します。「候ふ(さぶらふ)」も同様の意味を持ちますが、「はべり」の方がややくだけた、あるいは女性的なニュアンスで使われることがあります。
お仕えするの例
帝に常にはべりける人。(古今和歌集)
(帝にいつもお仕えしていた人。)
あります・ございますの例
文箱はべり。(枕草子)
(手紙箱がございます。)
〜です・〜ますの例
美しうはべり。(源氏物語)
(美しいですわ。)
語源と歴史
「はべり」の語源は、「侍(はべ)り」で、元々は貴人のそばに「はべる(侍る=お仕えする)」という意味でした。「はべる」は「這ひあり(這うようにしてそばにいる)」から転じたという説があります。
お仕えする相手に対して丁重な態度をとることから、丁寧語としての用法が生まれ、「あります、ございます」や補助動詞「〜です、〜ます」の意味で広く使われるようになりました。
平安時代中期以降、特に女性の言葉遣いや会話文、手紙文で多用されました。
活用形
「はべり」の活用(ラ行変格活用)
活用形 | 語形 | 接続例 |
---|---|---|
未然形 | はべら | ず、む |
連用形 | はべり | て、けり、き |
終止形 | はべり | 。(言い切り) |
連体形 | はべる | 時、こと |
已然形 | はべれ | ば、ども |
命令形 | はべれ | 。(命令) |
類義語(丁寧語として)
あります、ございます / 〜です、〜ます
反対の概念(丁寧語に対して)
「はべり」が丁寧な表現であるのに対し、敬意を含まない通常の表現が対照的です。
実践的な例文(古文)
これは何にはべる。草子にはべる。(枕草子)
【訳】これは何でございますか。書物でございます。
御前にはべりて、物語など申し出づ。(源氏物語)
【訳】御前にお仕え申し上げて、お話などを申し上げる。
いと美しき花のはべりしを見て。(土佐日記)
【訳】たいそう美しい花がございましたのを見て。
かかる事なむはべりける。(竹取物語)
【訳】このようなことがございましたのです。
雪の降り積もれるはべり。(徒然草)
【訳】雪が降り積もっております。
練習問題
傍線部の「はべり」の現代語訳と敬意の種類として最も適切なものを選んでください。
1. 「いかなる所にはべりけん」と問ふ。
解説:
「いかなる所に(どのような所に)」に続くので、存在を表す「あり」の丁寧語「あります」が適切です。「けん」は過去推量。聞き手に対する丁寧の意。
2. この寺に年ごろはべりて、仏に仕ふ。
解説:
「この寺に長年」いて「仏に仕える」という文脈です。「はべり」は「いる」の丁寧語「おります」に近いですが、元々の「お仕えする」意味合いも残ります。選択肢では「お仕えして」が最もニュアンスが近いです。聞き手に対する丁寧。
3. あな、うつくし。はべりなむ。(「なむ」は強意)
解説:
「あな、うつくし。(ああ、かわいらしい)」という感動に続くので、補助動詞として「〜ですなあ」「〜ますなあ」という丁寧な詠嘆を表します。
4. 女房ども多くはべりけれど、皆寝たり。
解説:
女房たちが多く「いた」ことを丁寧に述べているので、「おりましたけれど」が適切です。本動詞「あり」の丁寧語。
5. かく美しき人は世にまたはべらじ。
解説:
「かく美しき人は世にまた(これほど美しい人は世に再び)」に続き、打消推量の助動詞「じ」が付いているので、「いないでしょう」または「ございますまい」という丁寧な否定の推量を表します。