風情も分からぬ無骨者、あるいは無神経な振る舞い。「こちなし」は、そんな洗練されていない様を指します。
意味と用法
こちなし(骨無し)は、ク活用の形容詞で、「骨がない」という字面から、物事の趣や風情、あるいは人柄のしっかりしたところが欠けている状態を表します。多くは否定的な評価として用いられます。
- 無風流だ、趣がない、無趣味だ:
風雅な趣や情趣が理解できない、または欠けている様子。美的センスがないこと。 - 無骨だ、ぶっきらぼうだ、がさつだ:
言動が洗練されておらず、荒々しい、または配慮に欠ける様子。 - 無礼だ、無作法だ、不作法だ:
礼儀作法をわきまえず、失礼な態度をとること。
「骨」が何を指すかによって意味合いが変わりますが、総じて洗練されていない、配慮や趣が欠けているというニュアンスが共通しています。
無風流だの例
こちなく咲きたる梅の花。(古今和歌集)
(無風流に(趣なく)咲いている梅の花。)
無骨だの例
こちなき武士の振る舞ひ。(平家物語)
(無骨な武士の振る舞い。)
語源と歴史
「こちなし」は、名詞「骨(こち)」に、それを否定する形容詞の語尾「なし」が付いた形です。
ここでの「骨」は、文字通りの骨ではなく、物事の「中心」「要点」「骨子」や、そこから転じて「風情」「趣」「人柄のしっかりしたところ」などを意味します。これが「なし」なので、そのような要素が欠けている状態を表します。
平安時代の貴族社会では、風流や優雅さが重んじられたため、「こちなし」は教養や洗練度の低さを示す否定的な評価語として用いられました。
活用形と関連語
「こちなし」の活用(形容詞ク活用)
活用形 | 語形 | 接続例 |
---|---|---|
未然形 | こちなく | (こちなから) |
連用形 | こちなく | (こちかり)、て、言ふ |
終止形 | こちなし | 。(言い切り) |
連体形 | こちなき | 人、様 |
已然形 | こちなけれ | ば、ども |
命令形 | こちなかれ | 。(命令) |
関連語
- 骨(こち) (名詞) – 骨子、要点、風情、趣
- こちごちし (形容詞シク活用) – ごつごつしている、無骨だ
類義語
無風流だ・趣がない
無骨だ・ぶっきらぼうだ
反対の概念
「こちなし」が「趣がない」「無骨」を指すのに対し、「風流」「優雅」「洗練」といった状態が対照的です。
実践的な例文(古文)
歌の心も知らぬこちなき人。(古今和歌集仮名序)
【訳】歌の趣も分からない無風流な人。
こちなくも物言ひなすかな。(源氏物語)
【訳】ぶっきらぼうにも(無風流にも)ものを言いなさることよ。
かかるこちなき振る舞ひ、人の笑ひぐさなり。(徒然草)
【訳】このような無作法な振る舞いは、人の笑い草である。
ただこちなかりける返事なり。(大和物語)
【訳】ただもう無風流であった返事である。
東男のこちなきさまかな。(伊勢物語)
【訳】田舎の男の無骨な(風流心のない)様子だなあ。
練習問題
傍線部の「こちなし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 月の美しさを知らぬは、こちなき心なり。
解説:
月の美しさを知らない心は、「無風流な」または「趣がない」心であると解釈するのが適切です。
2. 人前にてこちなき言葉を使ふべからず。
解説:
人前で使うべきでない言葉として、「無礼な」または「無作法な」言葉が考えられます。
3. 武士のこちなき振る舞ひに、人々眉をひそむ。
解説:
武士の振る舞いについて、人々が眉をひそめるようなものは、「無骨な」または「がさつな」振る舞いと考えられます。
4. 返歌もなきは、いとこちなし。
解説:
和歌のやり取りにおいて返歌がないことは、風流を解さない「無風流だ」と評価されます。
5. その男の物言ひ、いとこちなくて、聞くに堪へず。
解説:
「物言ひ(話し方)」が「聞くに堪へず(聞くに堪えない)」とあるので、その話し方が「ぶっきらぼうで」ま