「別れを悲しみ、袖が『しほたれ』、遠い都を思い、また袖が『しほたる』。涙は古人の最も身近な悲しみの表現でした」
📖 意味と用法
しほたるは、ラ行下二段活用の動詞で、水分がしたたる様子を表しますが、古文ではほとんどの場合、比喩的に「涙を流す」という意味で使われます。
- 涙で袖が濡れる、涙を流す、泣く: 最も重要な意味。悲しみや恋の苦悩などから、涙が止まらずに袖がぐっしょり濡れるほどの様子を表します。単に「泣く」よりも情緒的で、深い悲しみを示唆します。
- 潮水に濡れてしずくが垂れる: 本来の意味。海辺の情景描写などで、文字通り海水に濡れる様子を表しますが、用例は少ないです。
文脈に悲しみや恋の悩みがあれば、まず①の「涙を流す」という意味を考えましょう。
🕰️ 語源と歴史
「潮(しほ)」+「垂る(たる)」から成る言葉です。「潮」は海水を指しますが、塩辛い味から涙の比喩としても古くから使われてきました。「垂る」は「しずくが落ちる」という意味です。つまり、「涙がしずくとなって垂れる」というのが元々の構成です。袖で涙を拭う習慣から、涙で袖が濡れる様子を指すようになりました。
📝 活用形
「しほたる」の活用(ラ行下二段活用)
活用形 | 語形 |
---|---|
未然形 | しほたれ |
連用形 | しほたれ |
終止形 | しほたる |
連体形 | しほたるる |
已然形 | しほたるれ |
命令形 | しほたれよ |
🔄 類義語
↔️ 反対の概念
「笑う」「喜ぶ」といった言葉が対照的です。
🗣️ 実践的な例文(古文)
君を恋ひ、しほたれて寝ぬる夜ぞ多き。(古今和歌集)
【訳】あなたを恋しく思い、涙を流して寝る夜が多い。
旅の空にて、袖のしほたるるも、いとあはれなり。(奥の細道)
【訳】旅先で、涙で袖が濡れるのも、たいそうしみじみと趣深い。
磯に打ち上げられたる舟は、潮垂れたり。(源氏物語)
【訳】磯に打ち上げられた舟は、潮水に濡れてしずくが垂れている。
📝 練習問題
傍線部の「しほたる」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 人しれず思ひて、しほたるる袖かな。
解説:
「人知れず思ひて(人知れず恋しく思って)」という文脈なので、袖が「涙で濡れる」と解釈するのが適切です。
2. 故郷の方を思ひやりて、しほたれにけり。
解説:
故郷を思うという心情から、「涙を流し」たと解釈するのが自然です。「しほたれ」は連用形。
3. 海辺を行けば、衣もしほたれて、いと寒し。
解説:
「海辺を行けば」とあるので、ここでは文字通り「潮水で濡れ」て寒い、と解釈するのが適切です。