古文単語解説:やつす

やつす (動詞・サ行四段活用)

①姿をみすぼらしくする、目立たなくする ②出家する

華やかな姿を隠し、粗末な身なりになること。俗世を離れる究極の変装、出家も指す。

「高貴な人が身分を隠すために『やつし』、また、世の無常を感じて『やつす』。その姿は違えど、世間から身を隠す心は同じです」

📖 意味と用法

やつすは、サ行四段活用の動詞で、意図的に自分の外見を変え、本来の姿とは違う状態になることを表します。特に、身分や華やかさを隠す方向に変化する場合に使われます。

  1. 姿をみすぼらしくする、目立たなくする、質素にする: 人目を忍んだり、身分を隠したりするために、わざと粗末な服装や姿になること。「姿を変える」「変装する」のニュアンスです。
  2. 出家する: 髪を剃り、墨染めの衣を着て僧の姿になること。これも姿を大きく変え、俗世から離れるという意味で「やつす」の重要な用法です。

文脈から、単なる「変装」なのか、それとも「出家」という決定的な身の変化なのかを見極めることが重要です。

🕰️ 語源と歴史

「やつす」は、「やつる(窶る)」と語源を同じくします。「やつる」は、病気や心労で痩せ衰える、みすぼらしくなるという自動詞です。これに対し、「やつす」は、他動詞として「意図的にみすぼらしい姿にする」という意味で使われるようになりました。本来の華やかさや身分を「殺す(消す)」というニュアンスから来ています。

📝 活用形と派生語

「やつす」の活用(サ行四段活用)

活用形語形
未然形やつさ
連用形やつし
終止形やつす
連体形やつす
已然形やつせ
命令形やつせ

派生語

  • やつれ (名詞) – みすぼらしくなること、出家姿。
    深きやつれをしたり

🔄 類義語

しのぶ (人目を避ける)
かたちを変ふ (姿を変える)
世を背く (出家する)

↔️ 反対の概念

「飾り立てる」「本来の姿でいる」といった言葉が対照的です。

飾る (かざる)
めかす

🗣️ 実践的な例文(古文)

1

いとくろやつしやつして、ひとにもたまはず。(源氏物語)

【訳】ひどくみすぼらしい姿になって、人にもお会いにならない。

意味: ① 姿をみすぼらしくする
2

ぐしおろしたまひて、おんくろやつしやつしたまへり。(平家物語)

【訳】ご剃髪なさって、お召し物も黒く出家姿になられた。

意味: ② 出家する
3

かかるかかるしづ姿すがたやつせやつせども、こころにしきなり。(古今著聞集)

【訳】このような卑しい姿に身を変えているけれども、心は錦(のように高貴)である。

意味: ① 姿を変える
4

あまになりて、そむてむとおもへど、なほうつくしきをやつすやつす。(堤中納言物語)

【訳】尼になって、すっかり俗世を捨てようと思うけれど、やはり美しい姿をわざと質素にする。

意味: ① 姿を質素にする
5

ふかやまりてやつしやつしこそこそほとけみちもとめめ。(発心集)

【訳】深い山に入って出家してこそ、仏の道を求めるべきだ。

意味: ② 出家する

📝 練習問題

傍線部の「やつす」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。

1. 高貴かうきなるひとの、わざとわざとやつしありく。

みすぼらしい姿になっ
出家し
飾り立て
病気になっ

解説:

高貴な人が身分を隠すために「わざとみすぼらしい姿になって」歩いている、という文脈です。

2. はかなきはかなきなげき、つひにやつしけり。

質素な姿になっ
出家し
旅立ち
亡くなっ

解説:

世のはかなさを嘆いた末の行動として最も考えられるのは「出家」です。「つひに(とうとう)」という言葉も決意の固さを示唆します。

3. ひとれずしのびて、やつしたる姿すがたにてかよひける。

出家した
美しい
目立たないようにした
病気の

解説:

「人知れず忍びて」とあることから、人目を避けるために「目立たないようにした」姿で通っていたことがわかります。

4. もとのもとのひかりかくし、ちりまじはらむとて、やつすなり。

質素にする
出家する
飾り立てる
清める

解説:

本来の輝き(身分)を隠して、俗世間に交わろうとするために、身なりを「質素にする」と解釈します。「和光同塵」という仏教思想に関連する表現です。

5. かくかくやつしても、かくれなき気高けだかさあり。

出家し
飾り立て
粗末な姿になっ
病気になっ

解説:

「このように粗末な姿になっても」隠しきれない気品がある、という文脈です。内面からにじみ出る高貴さを強調しています。

古文単語「やつす」クイズゲーム(選択問題編)

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