「昔、男『あり』けり。この一文に、物語のすべてが始まる。存在こそが、すべての始まり」
📖 意味と用法
あり は、古文の最重要動詞の一つで、ラ行変格活用という特殊な活用をします。文脈によって様々な意味に訳し分けられます。
- いる、ある(存在する): 最も基本的な意味。人や物が存在することを示します。
- 生きている、生活する、無事でいる: 人が生存していることや、日々の暮らしを送っていることを示します。「生きる」の尊敬語「おはします」との対比で重要です。
- (時が)たつ、行われる: 時間が経過することや、行事などが行われることを示します。
- (補助動詞)〜である、〜ている: 形容詞の連用形や助詞「て」などに付いて、断定や状態の継続を表します。
「あり」が本動詞か補助動詞かを見極めること、そして文脈に合わせて「いる」だけでなく「生きている」「〜である」などと柔軟に訳すことが大切です。
「生きている」の例
ありし人のかたみとて、(更級日記)
(生きていた人(=亡き母)の形見として、)
補助動詞の例
木の花は、濃くも薄くも紅梅。…桜は、花びら大きに、葉の色濃きが、枝細くて咲きたる。藤の花は、しなひ長く、色濃く咲きたる、いとめでたし。(枕草子)
(…枝が細くて咲いているの。藤の花は、花房が長く、色が濃く咲いているのは、たいそうすばらしい。)
📝 活用形
「あり」の活用(ラ行変格活用)
活用形 | 語形 |
---|---|
未然形 | あら |
連用形 | あり |
終止形 | あり |
連体形 | ある |
已然形 | あれ |
命令形 | あれ |
※「をり」「はべり」「いまそがり」も同じラ変動詞です。
📝 練習問題
傍線部の「あり」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 昔、男ありけり。(伊勢物語)
解説:
物語の冒頭の決まり文句です。昔、一人の男が「いた」。最も基本的な①の意味です。「あり」は連用形で、過去の助動詞「けり」に接続しています。
2. かくあるべきことにはあらず。(源氏物語)
解説:
副詞「かく(このように)」を受けて、「このようであるべきことではない」という意味になります。④の補助動詞(断定)に近い用法です。
3. ありとある人、みな来たり。(宇治拾遺物語)
解説:
「ありとある」は「存在するすべての」「あらゆる」という意味の連語(慣用句)です。ここでは「そこにいたすべての人」という意味になります。
4. あらなくに、この世の外の思ひ出に、(源氏物語)
解説:
「あら」は未然形。「なくに」は「〜ないのになあ」という詠嘆を表します。文脈から、亡くなった人を思って「もう生きてはいないのになあ」と嘆いている場面です。②の意味が適切です。
5. しばしありて、また帰り来ぬ。(伊勢物語)
解説:
「しばし」は「しばらくの間」という意味の副詞です。これを受けて、「しばらく時間がたって」また帰ってきた、という意味になります。③の用法です。