「降り続く雨も『いぶせし』、返事のない手紙も『いぶせし』。心が晴れないのは、いつの世も同じ」
📖 意味と用法
いぶせし は、ク活用の形容詞で、心が晴れず、うっとうしい状態を表す言葉です。原因がはっきりしない不快感や不安感を指すことが多いです。
- 気が晴れない、うっとうしい、憂鬱だ: 最も基本的な意味。何かはっきりしない理由で気分がすぐれない様子。
- 気がかりだ、心配だ: 対象のことがどうなるか分からず、心が晴れない状態。
- むさくるしい、不潔だ、見苦しい: 煙や匂い、見た目などが不快で、うっとうしく感じる様子。
「いぶかし(=知りたい、不審だ)」と混同しないように注意が必要です。「いぶせし」は感情、「いぶかし」は知的好奇心や疑念を表します。
「気が晴れない」の例
雨降りて、いとどいぶせき心地するに、(蜻蛉日記)
(雨が降って、ますます気が晴れない気持ちがするが、)
「気がかりだ」の例
いぶせく思ひわたりつるものを。(源氏物語)
(ずっと気がかりに思い続けてきたのになあ。)
📝 活用形
「いぶせし」の活用(形容詞ク活用)
活用形 | 語形 |
---|---|
未然形 | いぶせく(は) |
連用形 | いぶせく / いぶせう |
終止形 | いぶせし |
連体形 | いぶせき |
已然形 | いぶせけれ |
命令形 | (いぶせかれ) |
📝 練習問題
傍線部の「いぶせし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 闇はいぶせし。月の明かきは、なほ言ふべきにもあらず。(枕草子)
解説:
闇夜は気分が晴れず「うっとうしい」、月が明るい夜は言うまでもなくすばらしい、と対比しています。①の意味です。
2. 都のこともいぶせく、人の心も知らずなりゆくままに、(更級日記)
解説:
作者が東国にいた頃、遠い都の様子がどうなっているか「気がかりで」、人の心も分からなくなっていく、と述べています。②の意味です。
3. 煙のいぶせきに、目もあけられず。(方丈記)
解説:
煙が充満して「むさくるしい」ので、目も開けられない、という状況です。物理的な不快感を表す③の意味です。
4. 返り事もなくていぶせければ、人の臥したる所に寄りて、(和泉式部日記)
解説:
送った手紙の返事がないので、相手の気持ちがどうなのか「気がかりなので」、寝ている人に寄っていった、という場面です。②の意味です。
5. 何となくいぶせく、もの悲し。(源氏物語)
解説:
「何となく」という言葉がヒントです。はっきりした理由もなく「気が晴れず」、もの悲しい、という心情を表しています。①の典型的な用法です。