「喜びの涙も悲しみの涙も、どちらも『いみじく』流れるように、この言葉は感情や程度の極端さを表します」
📖 意味と用法
いみじ は、シク活用の形容詞で、「程度がはなはだしい」ことを示す重要な古文単語です。文脈によって全く逆の意味になるのが最大の特徴です。
- 【プラス評価】すばらしい、たいそう立派だ、非常に喜ばしい: ポジティブな文脈で使われ、程度が甚だしく良いことを表します。
- 【マイナス評価】ひどい、恐ろしい、たいそう悲しい: ネガティブな文脈で使われ、程度が甚だしく悪いことを表します。
- 【程度の副詞的用法】(連用形「いみじく」「いみじう」の形で)はなはだしく、たいそう、非常に: 他の用言を修飾し、その程度が甚だしいことを示します。この用法自体にはプラス・マイナスの評価は含まれず、修飾される語によって全体の意味が決まります。
したがって、「いみじ」が出てきたら、必ず文脈を確認し、プラス・マイナスのどちらの意味か、あるいは単なる程度の強調かを判断する必要があります。
プラス評価の例
いみじき管弦の遊びあり。(源氏物語)
(たいそうすばらしい管弦の遊びがあった。)
マイナス評価の例
いみじき雨風なり。(土佐日記)
(ひどい雨風である。)
程度の副詞的用法の例
いみじううつくし。(枕草子)
(たいそうかわいらしい。)
🕰️ 語源と歴史
「いみじ」の語源は、はっきりとは分かっていませんが、「忌む(いむ)」に関連するのではないかという説が有力です。「忌む」は元々、神聖なものとして避け敬う、あるいは不吉なものとして避けるという意味がありました。
そこから、「いみじ」は「忌むべきほど程度がはなはだしい」という意味を持つようになったと考えられます。この「程度のはなはだしさ」が、文脈によって肯定的な方向(すばらしい、立派だ)にも、否定的な方向(ひどい、恐ろしい)にも解釈されるようになったのです。
時代が下るにつれて、単に程度を強調する副詞的な用法(たいそう、非常に)も広く使われるようになりました。
📝 活用形と派生語
「いみじ」の活用(形容詞シク活用)
活用形 | 語形 | 接続 |
---|---|---|
未然形 | いみじから | ず |
連用形 | いみじく / いみじう | て、なり、他の用言 |
終止形 | いみじ | 言い切り |
連体形 | いみじき | 体言、こと、の |
已然形 | いみじけれ | ば、ども |
命令形 | いみじかれ | (会話などで稀) |
※連用形「いみじう」はウ音便化した形です。
派生語
- いみじさ (名詞) – すばらしさ、ひどさ、程度のはなはだしさ
涙のこぼるるも、いみじさも知らず。(更級日記)
(涙がこぼれるのも、そのひどさもわからない。)
🔄 類義語
程度が甚だしい(プラス・マイナス共通)
すばらしい (プラス評価)
ひどい (マイナス評価)
※「ゆゆし」も「いみじ」と同様に文脈でプラス・マイナス両方の意味になります。
↔️ 反対の概念
「いみじ」が「程度がはなはだしい」ことを示すため、直接的な一語の反対語は特定しにくいですが、「普通である」「並々である」といった状態が対極にあると考えられます。
🗣️ 実践的な例文(古文)
秋の月の潔く澄めるは、いみじくあはれなり。(徒然草)
【訳】秋の月が清らかに澄んでいるのは、たいそうしみじみと趣深い。
この人の家の有様、いみじくして、(後略)(大和物語)
【訳】この人の家の様子は、たいそう立派で、〜
死にたる人の顔を見るは、いみじく忌むなることなれ。(源氏物語)
【訳】死んだ人の顔を見るのは、たいそう不吉なことである。
風の音もいみじうて、物覚えず吹き入るれば、(後略)(更級日記)
【訳】風の音もひどくて、無我夢中で(風が)吹き入れるので、〜
雪のいみじう降りたるを、(後略)(枕草子)
【訳】雪がたいそう降っているのを、〜
📝 練習問題
傍線部の「いみじ」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 螺鈿の軸にて、文も蒔絵もいみじき。(枕草子)
解説:
螺鈿の軸や蒔絵といった美術工芸品について述べている文脈なので、プラス評価の「すばらしい」が適切です。連体形なので体言(省略されているが「もの」など)に接続します。
2. 頭もいみじう痛みければ、(後略)(今昔物語集)
解説:
「痛みければ(痛んだので)」という用言を修飾しているので、程度の副詞的用法「たいそう」が適切です。頭が「ひどく」痛んだ、とも解釈できますが、ここでは程度の強調が主です。
3. 雷の鳴る音も皆人の騒ぐ音もいみじうて、(後略)(源氏物語)
解説:
雷鳴や人々の騒ぐ音という、恐ろしい状況を描写しているので、マイナス評価の「ひどくて」が適切です。連用形ですが、文脈から単なる程度ではなく評価を含みます。
4. 笛を吹き鳴らしたる、いみじうをかし。(枕草子)
解説:
「をかし(趣深い、すばらしい)」というプラス評価の語を修飾しているので、程度の副詞的用法「たいそう」が適切です。「たいそう趣深い」となります。
5. 夜の更くる気色、いみじくて、(後略)(徒然草)
解説:
夜が更けていく様子は、一般にしみじみとした趣があるとされる文脈が多い(特に徒然草では)ため、プラス評価の「すばらしくて」が適切と考えられます。「たいそう(趣深く)て」と解釈することも可能です。