「雷鳴が『おどろおどろしく』轟き、闇夜を裂いたように、この言葉は尋常ならざる気配や恐怖を表します」
📖 意味と用法
おどろおどろし は、シク活用の形容詞で、何かが普通ではなく、人を驚かすほど大げさであったり、不気味であったりする様子を表す重要な古文単語です。
- 【大げさ・仰々しい】大げさだ、仰々しい、ものものしい、騒がしい: 音や声、様子などが非常に大きく、人を驚かすほどであるさま。また、儀式などが威圧的で厳めしい様子も指します。
- 【気味悪い・恐ろしい】気味が悪い、恐ろしい、不気味だ: 見た目や雰囲気が尋常でなく、不安や恐怖を感じさせるさまを表します。物の怪や異様な出来事に対して使われることが多いです。
「おどろおどろし」は、多くの場合、良くないことや不気味なことに対して使われる傾向がありますが、単に程度が甚だしいことを示す場合もあります。
大げさ・仰々しい の例
夜さり隠れて引き隠し給ひて、おどろおどろしく言ひ騒がするも甲斐なし。(源氏物語・夕顔)
(夜になって隠れておしまいになって、大げさに騒ぎ立てるのも効果がない。)
気味悪い・恐ろしい の例
いとおどろおどろしく、かへすがへす気近く聞こゆる雷の声。(源氏物語・柏木)
(たいそう気味悪く、繰り返し間近に聞こえる雷の音。)
ものものしい の例
おどろおどろしき陣の鐘の音、敵も味方も肝を消す。(平家物語)
(ものものしい陣の鐘の音は、敵も味方も肝を冷やす。)
🕰️ 語源と歴史
「おどろおどろし」の語源は、「おどろく(驚く)」の語幹「おどろ」を重ねて強調した「おどろおどろ」という擬態語・擬声語に、形容詞を作る接尾語「し」が付いたものと考えられています。「おどろく」は、はっと気づく、びっくりする、目が覚めるという意味です。
この「おどろ」が示す「はっとさせる」という感覚から、人の心を動揺させるような、普通ではない、尋常でない様相を指すようになりました。具体的には、大きな音や声、仰々しい態度、あるいは気味の悪い雰囲気や恐ろしい出来事など、プラスではない方向に心を揺さぶるものに対して使われます。
平安時代から鎌倉時代にかけての軍記物語や説話などで、合戦の様子や物の怪の出現といった場面で効果的に用いられました。
📝 活用形と派生語
「おどろおどろし」の活用(形容詞シク活用)
活用形 | 語形 | 接続 |
---|---|---|
未然形 | おどろおどろしく | (あら)ず |
連用形 | おどろおどろしく | て、なり、他の用言 |
連用形(音便) | おどろおどろしう | て、ござる |
終止形 | おどろおどろし | 言い切り |
連体形 | おどろおどろしき | 体言、こと、の |
已然形 | おどろおどろしけれ | ば、ども |
命令形 | おどろおどろしから | (まれ) |
※連用形「おどろおどろしう」はウ音便化した形です。
派生語
- おどろおどろしげなり (形容動詞ナリ活用) – 大げさな様子だ、気味の悪い様子だ
声おどろおどろしげなる人あり。(今昔物語集)
(声が大げさな様子の人がいる。) - おどろおどろしさ (名詞) – 大げさなこと、気味の悪さ、ものものしさ
そのおどろおどろしさに目も覚む。(枕草子)
(その大げささに目も覚める。)
🔄 類義語
大げさだ・仰々しい
気味が悪い・恐ろしい
※「ことごとし」「ものものし」は仰々しさや厳めしさを、「すごし」「こはし」は直接的な恐怖や強さを表すニュアンスがあります。
↔️ 反対の概念
「おどろおどろし」が「大げさで気味が悪い」ことを示すため、反対の概念としては「静かで穏やか」「普通で目立たない」といった状態が考えられます。
🗣️ 実践的な例文(古文)
門を鎖して、おどろおどろしく名乗りて鑰を乞ふ。(徒然草・八十七段)
【訳】門を閉ざして、大げさに(自分の名を)名乗って鍵を求める。
ただ人の声もせず、おどろおどろしき風の音のみして、(更級日記)
【訳】全く人の声もせず、気味の悪い風の音ばかりして、
物の怪の来る音、おどろおどろしう鳴りて、(源氏物語・葵)
【訳】物の怪がやって来る音が、気味悪く鳴って、
大将の御出立、おどろおどろしきまでにはあらねど、いときよらなり。(大鏡)
【訳】大将のご出発の様子は、ものものしいとまではいかないが、たいそう美しい。
火事の煙おどろおどろしく立ち上るを見て、(方丈記)
【訳】火事の煙がものすごい勢いで立ち上るのを見て、
📝 練習問題
傍線部の「おどろおどろし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 夜中ばかりに、家の後より、おどろおどろしく人の声して、(今昔物語集)
解説:
夜中に家の後ろから人の声がする状況なので、「大げさに(気味悪く)」が適切です。単に大きな声というより、不気味さを伴うニュアンスが強いでしょう。
2. 滝の音のおどろおどろしきこそ、夏は涼しけれ。(枕草子)
解説:
滝の音が夏に涼しいと感じられるのは、その音が非常に大きく、勢いがあるからでしょう。「大げさな(ものすごい)」が適切です。この場合は必ずしもマイナスな意味ではありません。
3. 鬼の形したる物ども、おどろおどろしき声して出で来たり。(宇治拾遺物語)
解説:
鬼の形をしたものが出す声なので、「気味の悪い(恐ろしい)」が最も適切です。恐怖感を伴う尋常でない声のニュアンスです。
4. 車ども立て続け、人の多く集まりたる、いとおどろおどろし。(源氏物語・花宴)
解説:
多くの車が連なり、人が大勢集まっている様子は、非常に「大げさで騒がしい」または「ものものしい」状況です。この文脈では、威圧感や人々の活気による騒がしさを指します。
5. ただならずおどろおどろしき夢を見て、(平家物語)
解説:
「ただならず」とあることから、尋常ではない夢を見たことがわかります。夢の内容が不吉であったり、恐ろしいものであったりする可能性が高いため、「気味の悪い(不吉な)」が適切です。