「美しい桜も風に吹かれて『あだに』散りゆくように、この言葉は移ろいやすく、はかないものの定めや不誠実さを表します」
📖 意味と用法
あだなり は、ナリ活用の形容動詞で、「はかない」「不誠実だ」「無駄だ」といった、永続性や実質のなさを表す重要な古文単語です。多くの場合、否定的なニュアンスで用いられます。
- 【はかない・むなしい】はかない、むなしい、頼りにならない、変わりやすい: 命や花、人の世など、永続せず移ろいやすいものに対して使われます。また、期待していたものが頼りにならない場合にも用いられます。
- 【不誠実・浮気】誠実でない、浮気だ、移り気だ、気まぐれだ: 特に男女関係において、相手の愛情や言葉が真実でない、心が変わりやすいさまを表します。
- 【無駄・空虚】無駄だ、役に立たない、内容がない、名ばかりだ: 実質や効果がなく、むなしいさまを表します。「徒労」の「徒」に通じます。
はかなさ、不誠実、無駄、変わりやすさがキーワードです。「あだ」が「実」の対義語で「虚ろなもの」を意味することから理解できます。
はかない・むなしい の例
露よりもあだなる命なりけり。(伊勢物語)
(露よりもはかない命であったことよ。)
不誠実・浮気 の例
男のあだなる心を知りて。(源氏物語)
(男の不誠実な心を知って。)
無駄・空虚 の例
あだなる名のみ立ちて、実なし。(徒然草)
(むなしい評判ばかりが立って、実質がない。)
🕰️ 語源と歴史
「あだなり」の「あだ」は、中身がないこと、うつろなこと、実質がないことを意味する語で、漢字では「徒」「空」「虚」などが当てられます。「なり」は形容動詞の活用語尾です。
元々は「実質がない」「役に立たない」といった意味合いが中心でしたが、そこから人の命や世の中の出来事の「はかなさ」「頼りなさ」を指すようになり、さらに人の心や愛情について「誠実さがない」「移ろいやすい」といった意味でも用いられるようになりました。
平安時代の和歌や物語文学において、無常観や恋愛における心の機微を描写する際に頻繁に使われた言葉です。「まめなり(誠実だ、実用的だ)」の対義語として理解されることも多いです。
📝 活用形と派生語
「あだなり」の活用(形容動詞ナリ活用)
活用形 | 語形 | 接続 |
---|---|---|
未然形 | あだなら | ず |
連用形 | あだなり / あだに | て、けり、他の用言 |
終止形 | あだなり | 言い切り |
連体形 | あだなる | 体言、こと、の |
已然形 | あだなれ | ば、ども |
命令形 | (あだなれ) | (まれ) |
※連用形「あだに」は、副詞的に用いられることが多いです。
派生語
- あだ(徒・空) (名詞) – はかないこと、浮気、無駄、実のないこと
花はあだなるものと知りながら。(古今和歌集)
(花ははかないものと知りながら。) - あだあだし (形容詞シク活用) – 不誠実だ、浮気っぽい、気まぐれだ
あだあだしき人の心かな。(源氏物語)
(なんと浮気っぽい人の心だろうか。) - あだ言(こと) (名詞) – 嘘、偽り、浮気な言葉
あだ言をまことらしく言ひなして。(枕草子)
(嘘を本当らしく言いなして。)
🔄 類義語
はかない・むなしい
誠実でない・浮気だ
無駄だ・役に立たない
💬 現代語との関連
「あだなり」の「あだ」は現代語でも「あだ花(実を結ばない花、見かけ倒し)」「あだ事(浮気)」「あだ名(本名とは別の呼び名、時には不名誉なもの)」といった言葉の中に残っています。
意味合いとしては、以下の現代語が近いです。
🗣️ 実践的な例文(古文)
花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに(小野小町・古今和歌集)
※この歌の背景には「あだなるもの」としての花の色がある。
【訳】桜の花の色はむなしく色あせてしまったことだなあ、私がむだに物思いにふけって暮らしているうちに。
人の心こそ誠にあだなるものなれ。(方丈記)
【訳】人の心というものは本当に頼りにならないもの(変わりやすいもの)であるなあ。
念じ続くるほどだにも、あだなる心出で来て破られ候ふ。(徒然草)
【訳】我慢し続けている間でさえ、浮気な心が出てきて(誓いが)破られてしまいます。
百年の命は夢のごとし、あだなる楽しみを求めて何かせむ。(平家物語)
【訳】百年の命は夢のようである、はかない楽しみを求めてどうしようというのか。
偽りを言ふはあだなるわざなり。(源氏物語)
【訳】嘘を言うのは実のない(不誠実な)行いである。
📝 練習問題
傍線部の「あだなり」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 色好むと言はるる男の、女のもとに文を遣はす。返事あだにもなかりけり。
解説:
色好みで知られる男が女に手紙を送ったが、返事が誠実でなかった(そっけなかった、あるいは期待外れだった)という意味です。ここでは恋愛の文脈での不誠実さ、あるいは期待に反する反応を表す「誠実でなく(そっけなく)」が適切です。
2. 咲き誇る花も、嵐にあへばあだなる夢のごとし。
解説:
咲き誇る花も嵐にあえば、はかない夢のようだ、という意味です。花の命の短さ、移ろいやすさを「はかない」と表現しています。
3. 様々の宝を積めども、命終はればあだなり。
解説:
様々な宝を集めても、命が終わってしまえば(それらは)無駄である(むなしい)、という意味です。財産の空しさを表しており、「無駄だ(むなしい)」が適切です。
4. 言葉は巧みなれど、あだなる響きあり。
解説:
言葉遣いは巧みだけれども、誠実でない(うわべだけの)響きがある、という意味です。言葉の表面的な美しさとは裏腹な実質のなさを指摘しており、「誠実でない(うわべだけの)」が適切です。
5. 世の中の栄華もまたあだなりけり。
解説:
世の中の栄華もまた、はかないものであったなあ、という意味です。栄華の永続性のなさを表しており、「はかないものであった」が適切です。