こころあり (動詞・ラ行変格活用)

①思慮分別がある・物の道理がわかる ②情趣を解する・風流心がある ③思いやりがある・情け深い ④(和歌などが)奥ゆかしい趣がある

知性、感性、人間性など、肯定的な内面性が備わっているさま。物事の深い意味や風情を理解し、思慮深い行動や情け深い心を持つことを表す。

「美しい月を見て和歌を詠む人のように、『こころある』人は、物事の奥深さや風情を理解し、思慮深い行動をとります」

📖 意味と用法

こころあり は、ラ行変格活用の動詞で、「心」が十分に備わっている状態を指し、文脈によって多様な肯定的な内面性を表す重要な古文単語です。

  1. 【思慮分別】思慮分別がある、物の道理がわかる、賢明だ: 物事を深く考え、道理をわきまえているさま。理性や知性が豊かであることを示します。
  2. 【情趣・風流】情趣を解する、風流心がある、趣を理解する: 自然の美しさや芸術の良さが分かり、それを楽しむことができる感性を持っているさま。
  3. 【情け・思いやり】思いやりがある、情け深い、配慮がある: 他人の気持ちを察し、親切に振る舞うことができる人間的な温かさを持っているさま。
  4. 【奥ゆかしさ・趣】(和歌などが)奥ゆかしい趣がある、深い内容がある、しみじみとした味わいがある: 表面的な美しさだけでなく、内面に深い情感や趣を含んでいるさま。主に芸術作品に対して使われます。

思慮分別、風流心、思いやり、奥深い趣がキーワードです。対義語「こころなし」と比較すると意味が明確になります。

思慮分別がある の例

こころあるひとは、言葉ことば少なにして行ひおこなひおもんず。(徒然草)

(思慮分別のある人は、口数を少なくして行動を重んじる。)

情趣を解する の例

つきこころあらひとは、なみだちぬべし。(古今和歌集)

(月を見て情趣を解するような人ならば、涙も落ちるにちがいない。)

思いやりがある の例

こころあるともなぐさめこそうれしけれうれしけれ。(源氏物語)

(思いやりのある友人の慰めは本当にうれしいことだ。)

🕰️ 語源と歴史

「こころあり」は、名詞「心(こころ)」に、存在を示すラ行変格活用の動詞「あり」が kết合した複合動詞です。「心」は現代語でも「精神」「感情」「意志」「思いやり」「趣」など多様な意味を持ちますが、古語では特に「思慮分別」「情趣を解する能力」「他人への配慮」といった、人間が持つべき望ましい内面性を指すことが多くありました。

したがって、「こころあり」は、そのような「心」が十分に備わっている状態を表し、知性・感性・人間性の豊かさを含意します。単に「意識がある」という意味ではなく、それが良い方向に働いている、質の高い精神活動が行われているという肯定的な評価を伴います。

平安時代の貴族社会では、和歌や管弦、自然の美を理解し、他人に対して細やかな配慮ができる人物が理想とされたため、「こころある人」は最高の褒め言葉の一つでした。

📝 活用形と派生語

「こころあり」の活用(ラ行変格活用)

活用形 語形 接続例
未然形 こころあら ず、む
連用形 こころあり て、けり、たり
終止形 こころあり 言い切り
連体形 こころある 人、時、こと
已然形 こころあれ ば、ども
命令形 こころあれ (まれ)

※「あり」はラ行変格活用の代表的な動詞です。

派生語・関連語

  • こころありげなり (形容動詞ナリ活用) – 思慮深そうだ、風情がありそうだ、何か意味ありげだ
    こころありげなる気色けしきにてる。(源氏物語)
    (何か意味ありげな様子で見る。)
  • こころなし (形容詞ク活用) – 思慮分別がない、情趣を解さない、思いやりがない、無風流だ
    こころなきにもあはれはられけり。(西行法師)
    (情趣を解さない私のような者にも、しみじみとした趣は感じられることだなあ。)

🔄 類義語

思慮分別がある・賢明だ

かしこし
さかし
さと(し)

情趣を解する・風流心がある

みやびかなり
いうなり
風流(ふりゅう)なり
すきずきし

思いやりがある・情け深い

なさけあり
こまやかなり

💬 現代語との関連

現代語の「心がある」は、古語の「こころあり」の持つ広い意味の一部、特に「思いやりがある」「情けがある」という意味合いで使われることが多いです。また、「趣がある」「風情がある」という意味でも、「心憎い演出」のように「心」が使われることがあります。

古語の「こころあり」が持つ「思慮分別がある」「物の道理がわかる」といった知的な側面は、現代語の「心がある」ではあまり強調されません。

思慮深い
情趣を解する
思いやりがある
風流だ
分別がある

🗣️ 実践的な例文(古文)

1

いといとこころあるひとおん返事かへりごとなり。(枕草子)

【訳】たいそう思慮分別のある(または、情趣を解する)方のお返事である。

意味: ① 思慮分別がある / ② 情趣を解する
2

うめはなにぞ、むかしひとそでこころあらむ。(古今和歌集)

【訳】梅の花の香りによって、昔の人の袖の香りは情趣が感じられるだろうか(しみじみと思い出されるだろうか)。

意味: ② 情趣を解する / ④ 奥ゆかしい趣がある
3

こころあらとももがなと、みやここひしきにも。(伊勢物語)

【訳】情趣を解する(または、思いやりのある)友人がほしいなあと、都が恋しいにつけても(思う)。

意味: ② 情趣を解する / ③ 思いやりがある
4

このうたことばあさこゆれども、こころありいうなり。(古今和歌集序)

【訳】この歌は言葉が浅く聞こえるけれども、奥ゆかしい趣があって優美である。

意味: ④ 奥ゆかしい趣がある
5

何事なにごとにもこころあらひとは、あながちにあながちにひと振る舞ひふるまひまねぶまねぶべからず。(徒然草)

【訳】何事においても思慮分別のある人は、むやみに他人の振る舞いを真似るべきではない。

意味: ① 思慮分別がある

📝 練習問題

傍線部の「こころあり」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。

1. むしにもこころあらひとは、あきあはれあはれるべし。

情趣を解する
意志が強い
心配している
賢い

解説:

虫の音にも風情を感じ、秋のしみじみとした趣を理解できる人、という意味なので「情趣を解する」が適切です。

2. かくかくこころあるおんはからひはからひかたじけなくかたじけなくはべる。

風流な
趣のある
思いやりのある
賢明な

解説:

「御はからひ(お取り計らい、ご配慮)」とあるので、相手の親切な計らいに感謝している文脈です。「思いやりのある」が適切です。

3. わかひとは、まだまだこころありともえざりき。

思慮分別がある
情趣を解する
情け深い
興味がある

解説:

若い人は、まだ十分に物の道理をわきまえているようには見えなかった、という意味です。「思慮分別がある」が適切です。

4. このうた姿すがた、まことにこころありつくれるものなり。

思いやりがあって
分別があって
奥ゆかしい趣があって
賢くて

解説:

和歌の姿(詠みぶり)が、本当に深い趣があって作られたものである、という意味です。「奥ゆかしい趣があって」が適切です。

5. かぜおとにも、あめひびきにも、こころあるひとものをこそおもへ。

賢い
情趣を解する
思いやりのある
分別のある

解説:

風の音や雨の響きにも、趣を感じ取って物思いにふけることができる人、という意味合いなので「情趣を解する」が最も適切です。