「『かまへて油断するな』と師が命じたように、この言葉は強い意志や禁止、細心の注意を促します」
📖 意味と用法
かまへて は、副詞で、話し手の強い意志や聞き手への強い要求を表す重要な古文単語です。文末の表現(述語)と呼応して意味が具体的に定まる「陳述副詞(呼応の副詞)」の一種です。
- 【強い禁止・否定】(下に打消の助動詞「ず」「じ」や禁止の終助詞「な」「な~そ」などを伴って)決して(~ない)、絶対に(~するな): 何かをするまい、または相手にさせまいとする強い意志や禁止を表します。
- 【強い意志・命令・願望】(下に意志の助動詞「む」「べし」、命令形、願望の終助詞「ばや」「なむ」などを伴って)必ず(~しよう・~しろ)、なんとかして(~したい): 何かを必ず成し遂げようとする強い意志や、相手に強く何かをさせようとする命令、実現を強く望む気持ちを表します。
- 【注意・意図】(まれに、単独で、または特定の動詞を修飾して)心して、注意して、わざと、前もって計画して: 元の動詞「構ふ」の意味合いを残した用法で、意識的に何かを行うさまを示します。この用法は上の二つに比べて出現頻度は低いです。
強い意志、禁止、命令、願望、呼応がキーワードです。文末の述語に注意して意味を判断する必要があります。
決して~ない・~するな
かまへて人に見らるな。(徒然草)
(決して人に見られるな。)
必ず~しよう・~せよ
かまへて御返事申さむ。(源氏物語)
(必ずご返事を申し上げよう。)
心して・わざと
かまへて物語りせよ。(宇治拾遺物語)
(心して(よく考えて)話をしなさい。)
🕰️ 語源と歴史
「かまへて」は、ハ行四段活用の動詞「構ふ(かまふ)」の連用形「構へ」に、接続助詞「て」が付いて副詞的に用いられるようになったものです。
動詞「構ふ」には、「前もって計画する」「準備する」「心構えをする」「注意する」「警戒する」といった意味があります。この「心構えをして」「注意して」という意味から、「かまへて」は「心して」「きっと」「必ず」といった強い意志や決意を表す副詞として使われるようになりました。
さらに、下に打消や禁止の表現を伴うことで「決して(~ない)」「絶対に(~するな)」という意味も持つようになりました。このように文末の表現と呼応して意味が定まるため、陳述副詞として重要な働きをします。平安時代から広く用いられ、話し手の意図を強く伝える際に効果的な言葉でした。
📝 文法的特徴と関連語
「かまへて」の用法(呼応の副詞)
文法的特徴 | 説明 |
---|---|
品詞 | 副詞(陳述副詞・呼応の副詞) |
呼応する表現 | 強い禁止・否定:「~ず」「~じ」「~な」「~なむ(な+む)」「~そ」(例:かまへて~な) 強い意志・命令・願望:「~む」「~べし」、命令形、「~ばや」「~なむ(願望)」(例:かまへて~む) |
位置 | 通常、修飾する述語(文末)の近く、または文頭に置かれる |
注意点
「かまへて」の意味は、後に続く述語の形によって大きく変わるため、文全体をよく見て判断する必要があります。「決して~ない」と「必ず~しよう」では意味が正反対になるため注意が必要です。
元の動詞・派生語
- 構ふ(かまふ) (動詞ハ行四段) – 計画する、準備する、心構えをする、注意する、作る、組み立てる
家をかまへて住む。(徒然草)
(家を造って住む。) - かまへ(構へ) (名詞) – 準備、計画、心構え、家の造り
そのかまへ怠るべからず。(方丈記)
(その準備を怠ってはならない。)
🔄 類義語
決して~ない(下に打消・禁止)
必ず~しよう(下に意志・命令)
💬 現代語との関連
現代語の「構えて(かまえて)」は、「身構えて」「注意して」といった意味合いで使われることがありますが、古語の「かまへて」が持つ「決して~ない」や「必ず~しよう」といった強い禁止や意志の意味は薄れています。
古語「かまへて」のニュアンスを現代語で表すには、以下のような言葉を用いることになります。
🗣️ 実践的な例文(古文)
かまへて心強く物の具をも調へて出で立つべし。(平家物語)
【訳】必ず(心して)気丈に武具をも整えて出発するべきだ。
かまへて御文をば人に見せ給ふな。(源氏物語)
【訳】決して(この)お手紙を人にお見せになるな。
かまへて仇を討たむとぞ思ひける。(曽我物語)
【訳】必ず仇を討とうと思った。
かまへて、かまへてこのこと漏らすな。(大鏡)
【訳】決して、決してこのことを漏らすな。
かまへて安き所に隠れ居なむ。(徒然草)
【訳】なんとかして安全な所に隠れていよう。
📝 練習問題
傍線部の「かまへて」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. かまへてこれを忘るることなかれ。
解説:
文末に禁止を表す「~ことなかれ」があるので、「決して(これを忘れるな)」という意味になります。
2. かまへて勝たむと心づかひしける。
解説:
文末に意志を表す「~む」があるので、「必ず(勝とう)と心遣いをした」という意味になります。
3. かまへて嘘を申すな。
解説:
文末に禁止の「~な」があるので、「決して(嘘を申すな)」という意味になります。
4. 敵の計略には、かまへて乗るべからず。
解説:
文末に不適当・禁止を表す「~べからず」があるので、「決して(敵の計略に乗ってはならない)」という意味になります。
5. かまへてこの機を逃さじ。
解説:
文末に打消意志の助動詞「じ」があるので、「決して(この機を逃すまい)」という意味になりますが、強い意志を表す文脈では「必ず(この機を逃すまい)」とも解釈できます。ここでは選択肢から「必ず」がより適切です。(「決して~まい」も「必ず~する」という強い意志の裏返しと捉えられます)