「逢瀬を重ね、心が一つに『合ひ』、困難にも『敢へて』立ち向かう。人の営みは『あふ』に満ちている」
📖 意味と用法
あふ は、ハ行四段活用の動詞で、文脈によって「逢ふ」「合ふ」「敢ふ」などの漢字が当てられ、それぞれ異なるニュアンスを持つ重要な多義語です。
- 【逢ふ・遇ふ】
- (男女が)出会う、契る、結婚する: 古典文学、特に和歌や物語において非常に重要な意味。恋愛関係における男女の出会いや結びつきを指します。
例:忍びて人に逢ふ夜。(人目を忍んで恋人に会う夜。)
- (偶然に)出会う、出くわす: 人や物事にばったりと会うこと。
例:道にて旧友に逢ひたり。(道で昔の友人に偶然会った。)
- (男女が)出会う、契る、結婚する: 古典文学、特に和歌や物語において非常に重要な意味。恋愛関係における男女の出会いや結びつきを指します。
- 【合ふ・会ふ】
- 合う、合致する、調和する、つり合う: 物事がぴったりと一致したり、バランスが取れたりすること。
例:琴の音と笛の音とよく合へり。(琴の音と笛の音がよく調和している。)
- (人と)対面する、会う: 一般的な意味での「会う」。
例:明日は客人に合ふべし。(明日は客人と会う予定だ。)
- (好ましくない目に)あう、経験する: 苦しいことや困ったことなどを身に受ける。「~目に合ふ」の形でよく使われます。
例:ひどき目にあひて泣く。(ひどい目に遭って泣く。)
- (補助動詞として) 互いに~し合う、すっかり~する: 動詞の連用形に付いて、相互の動作や動作の完了を表します。
例:語りあふ。(互いに語り合う。)/知りあへり。(すっかり知っている。)
- 合う、合致する、調和する、つり合う: 物事がぴったりと一致したり、バランスが取れたりすること。
- 【敢ふ】
- (下に打消の語を伴い「あへず」の形で) ~しきれない、~することができない: 我慢しきれない、最後まで~できない。
例:涙をこらへあへず。(涙をこらえきれない。)
- (連用形「あへて」の形で) 無理に、しいて、少しも、決して(~ない): 困難を承知で強いて行うさま。打消を伴うと強い否定になります。
例:あへて危険を冒す。(敢えて危険を冒す。)/あへて偽りを申さず。(決して嘘は申しません。)
- (下に打消の語を伴い「あへず」の形で) ~しきれない、~することができない: 我慢しきれない、最後まで~できない。
「あふ」という言葉が出てきたら、どの漢字が当てはまるか、文脈から意味を正確に捉えることが非常に重要です。
逢ふ (男女関係) の例
人知れず通ふ道なれば、心細くともあひ見てしがな。(源氏物語)
(人に知られず通う道なので、心細くても(あの人と)逢ってしまいたいなあ。)
合ふ (合致・経験) の例
いとわびしき目にあひ侍りぬ。(更級日記)
(たいそうつらい目に遭いました。)
敢ふ (~できない) の例
涙をおさへて、物も言ひあへず。(源氏物語)
(涙を抑えて、ものも言い終えることができない。)
🕰️ 語源と歴史
「あふ」の基本的な語源は、二つ以上のものが一つになる、ぴったりとくっつくという意味の「合ふ」にあると考えられます。ここから、物事が一致する、調和するという意味が生まれました。
人と人とが一緒になるという意味から「会う」「対面する」という意味が生じ、さらにこれが男女の関係に特化して「逢う(密会する、結婚する)」という意味を持つようになりました。古典文学では、この「逢ふ」が恋愛の文脈で非常に重要な役割を果たします。
一方、「敢ふ」は、元々困難なことに立ち向かう、押し切って何かをするというニュアンスがあったとされ、そこから「やり遂げる」「耐える」という意味が生まれました。これが否定形「あへず」となると「~しきれない」「耐えられない」という意味になり、また副詞形「あへて」は「無理に」「強いて」という意味を表すようになりました。
これら「逢ふ」「合ふ」「敢ふ」は、元は同じ「あふ」という音の言葉から、意味や用法に応じて漢字を使い分けるようになったと考えられます。
📝 活用形と派生語
「あふ」の活用(ハ行四段活用)
活用形 | 語幹 | 語形 | 接続 |
---|---|---|---|
未然形 | あ | は | ず、む、ば |
連用形 | ひ | て、けり、たり | |
終止形 | ふ | 言い切り | |
連体形 | ふ | 体言、とき | |
已然形 | へ | ば、ども | |
命令形 | へ | – |
派生語・関連表現
- あひ(逢ひ・合ひ) (名詞) – 出会い、男女の逢瀬、合致すること
例:忍ぶるあひも難し。(人目を忍んで会うことも難しい。)
- あはず(逢はず・合はず・敢へず) (打消の形) – 会わない、合わない、~できない
例:つひにあはずなりにけり。(とうとう会わなくなってしまった。)/言ひもあへず。(言い終えることもできない。)
- あへて(敢へて) (副詞) – 無理に、しいて、(打消を伴い)決して~ない
例:あへて問ひ聞かじ。(無理には問い聞きするまい。)
🔄 類義語
(男女が)会う・契る
合う・合致する
(下に打消で)~できない
※「見る」は「結婚する」の意も持ちます。「語らふ」は「親しく語り合う」「男女が契る」意。「え~ず」は能力的に不可能、「~あへず」は最後までしきれないニュアンスです。
↔️ 反対の概念
「あふ」が指す意味によって、対照的な言葉が異なります。
「会う・逢う」に対して:
「合う・合致する」に対して:
🗣️ 実践的な例文(古文)
夢にだに逢ふことかたきを、現に見る喜び。(和泉式部日記)
【訳】夢でさえ会うことが難しい方を、現実にお見かけする喜び。
心ばへなど、いとよく合ひたる人なりけり。(源氏物語)
【訳】気だてなどが、たいそうよく調和している人であった。
悲しき目にあふこと度々なり。(徒然草)
【訳】悲しい目に遭うことが度々である。
物も言ひあへず、袖を引きて立ちぬ。(大和物語)
【訳】ものも言い終えることができず、袖を引いて立ってしまった。
あへて深き山に入りて虎を求む。(今昔物語集)
【訳】敢えて深い山に入って虎を探し求める。
📝 練習問題
傍線部の「あふ」の漢字表記と現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 女、男の詠める歌に、いとあひたる返しせり。
解説:
男の詠んだ歌に対して、女が「ぴったりと合った(ふさわしい)」返歌をした、という意味です。「合ふ」が適切です。
2. かぐや姫、帝の御使にあはずなりぬ。(竹取物語)
解説:
かぐや姫が帝の使者と「会わなくなった」という意味です。「逢ふ」または「会ふ」の未然形「あは」に打消の助動詞「ず」が接続しています。
3. 薬も食ひあへず、死にけり。(今昔物語集)
解説:
薬を最後まで飲みきることができずに死んでしまった、という意味です。「敢ふ」の未然形に打消の助動詞「ず」が付いた「敢へず」で「~しきれない」となります。
4. 千とせにひとたびもあふことのなき人に恋する身かな。(古今和歌集)
解説:
「人に恋する」という文脈から、千年に一度も「出会う」ことのない人に恋をしている、という意味になります。男女の出会いを指す「逢ふ」が適切です。
5. この歌の心に、わが思ひあひぬれば、涙こぼれぬ。
解説:
歌の趣旨と自分の思いが「ぴったりと合った(合致した)」ので涙がこぼれた、という意味です。「合ふ」が適切です。