「『かく』美しき花を見て、『かく』ばかり嘆くとは。指し示す一言に、状況と心が映る」
📖 意味と用法
かく(斯く) は、副詞の一種で、具体的な状況や程度を指し示す「指示副詞」です。いわゆる「こそあど言葉」の「こ」系列に属し、話し手や聞き手にとって身近な事柄や、直前に述べられた内容を指す場合に用いられます。
- このように、こういうふうに、こんなふうに、こんなに:
目の前にある様子や方法、あるいは文脈上明らかな特定のありさまを指し示します。「斯く」の漢字が当てられることが多いです。例:かくおぼしめさば、とく参り給へ。(源氏物語)
(このようにお思いになるならば、早く参上なさってください。) - これほど、この程度に:
程度や分量が「このくらい」であることを示します。多くは、具体的な比較対象が文脈中に存在するか、話し手の実感として示されます。例:などかくはあぢきなき心地のみし給ふらむ。(源氏物語)
(どうしてこれほどまでにつまらないお気持ちばかりしていらっしゃるのだろうか。)
「かく」は非常に基本的な指示語であり、具体的に何を指しているのかを文脈から正確に把握することが読解の鍵となります。同様の指示副詞「さ(然)」「しか(然)」が「そのように」と訳されるのに対し、「かく」は「このように」と訳し分けるのが基本です。
① このように の例
かくばかり悲しきことはあらじ。(伊勢物語)
(このように悲しいことはないだろう。)
② これほど の例
なぜかくは暑きぞ。(枕草子)
(なぜこれほど暑いのか。)
① こういうふうに の例
かくてこそ人は生きめ。(方丈記)
(このようにしてこそ人は生きるのがよかろう。)
🕰️ 語源と歴史
「かく」の語源は、近称の指示代名詞・連体詞の語幹「か(此)」に、状態や方法を表す副詞を作る接尾語「く」が付いたものと考えられています。「これ(此)」「この(此の)」などと同じく「こ」系列の指示語であり、話し手に近い事物や、直前に述べた事柄を指し示す働きを持ちます。
「かく」は上代から使われている古い言葉で、和歌や物語、日記など、あらゆるジャンルの古文に頻出します。具体的な状況や話し手の感情を生き生きと伝えるために不可欠な言葉です。
関連する指示副詞には、「さ(然)」「しか(然)」(そのように)、「と(疾)」(そのように早く、とっさに)などがあり、これらと対比して「かく」が持つ「このように」という近称のニュアンスを理解することが重要です。
📝 活用と関連表現
品詞と活用
「かく」は副詞であり、活用はしません。
文中では、主に用言(動詞、形容詞、形容動詞)を修飾しますが、時に文全体を指し示すこともあります。
品詞 | 副詞(指示副詞) |
---|---|
活用 | なし |
関連表現
- かばかり(斯許り): この程度、これくらい、これだけ。
例:かばかりの雨に騒ぐな。(この程度の雨で騒ぐな。)
- かくて(斯くて): このようにして、そして。
例:かくて日は暮れぬ。(こうして日は暮れた。)
- かくのみ: このようにばかり。
例:かくのみ嘆かしと思ふ。(このようにばかり嘆かわしいと思う。)
- かく言へば: このように言うと。
例:かく言へば、女答へず。(こう言うと、女は答えない。)
🔄 類義語(指示副詞)
「このように」系の類義語
「これほど」系の類義語
※「かう」は「かく」の音変化形です。「かくのごとく」はより丁寧な言い方です。
↔️ 対照的な指示副詞
「かく」が近称の指示を表すのに対し、中称や遠称の指示を表す副詞が対照的な概念となります。
中称(そのように):
遠称(あのように):
🗣️ 実践的な例文(古文)
かくおそく参りては、いかがはせむ。(源氏物語)
【訳】このように遅く参上しては、どうしようか(どうしようもない)。
月の明き夜は、かくてもあるべきものを。(枕草子)
【訳】月の明るい夜は、このよう(な簡素な状態)でもよいものを。
昔の人の歌に、かくこそは詠みためれ。(古今和歌集仮名序)
【訳】昔の人の歌には、このように詠んである。
心のうちはかくこそ思へ、言葉には出ださず。(徒然草)
【訳】心の中ではこのように思うけれども、言葉には出さない。
かくばかり美しき人を見しことなし。(竹取物語)
【訳】これほど美しい人を見たことがない。
📝 練習問題
傍線部の「かく」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 月の都の人は、かく美しきなり。(竹取物語)
解説:
かぐや姫の美しさなど、目の前にある(あるいは直前に述べられた)具体的な美しさを指して「このように美しいのだ」と言っています。
2. 何事ぞ、かくは騒ぐ。(源氏物語)
解説:
騒いでいる程度を指して「これほど」「こんなに」騒ぐのは何事か、と問うています。程度の意味です。
3. 世の中のありさま、すべてかくこそ無常なれ。(方丈記)
解説:
これまでに述べてきた世の中の様々な無常の様相を指して、「このように」無常である、とまとめています。
4. かく言ひて、涙を落とし給ふ。(伊勢物語)
解説:
直前に述べた言葉を指して「このように言って」となります。「かく言ふ」は頻出の表現です。
5. 花の色は、移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに。かくて過ぐる月日ぞ悲しき。
解説:
前の和歌の内容(むなしく物思いにふけって月日が過ぎたこと)を受けて、「このようにして過ぎる月日は悲しい」と述べています。「かくて」は「かくありて」の音便で「このようにして」という意味です。